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ダンス sideデボラ

久しぶりのダンスであるにもかかわらず、私は緊張するどころか楽しくステップを踏んでいました。パートナーのリードが良いおかげで、自分が一枚の羽にでもなったかのように身も心も軽やかに感じます。


この素晴らしいダンスパートナーはキリル・アレル・ストラットン辺境伯。赤みがかった金髪は刈り込み、やや目尻の下がったサファイアブルーの目。無表情のあまり人形のようにすら見える顔立ちをしております。辺境伯とだけあって幼い頃から鍛錬を重ねているせいか、肌は日焼けしており、身長はコーネリアス様よりも高く、スラリとした印象があります。


名残惜しいことに曲が終わってしまいました。

辺境伯様はダンスフロアから両親の所へとエスコートして下さいます。

騎士の一人として暮らしていると言っても過言ではない辺境伯様は淑女に対する礼儀は表情と会話以外は完璧でした。

会話がないほうが純粋にダンスを楽しんでいた私にとっても助かりました。


「レディ・デボラ。またお誘いしてもよろしいでしょうか?」


「ストラットン様がそう仰ってもらえるなんて光栄ですわ。是非、またご一緒致します」


辺境伯様は父に何か言いたげな目を向け、父が頷くのを確認しました。


「では、またお会いしましょう。レディ・デボラ」


私の手をとって指先に口付けを落とす様は背筋がゾクッとなるほど妖艶でした。

これは貴族にとってただの挨拶の一つにすぎません。

ですが、サリーから口付けの意味を教えられていた私は頬が熱くなりました。


口付けられるのが指であろうが、手の甲であろうが、掌であろうが、大差はないのです。


貴族の殿方は淑女への挨拶として、相手を褒め称えなければいけないのですから。

そう。このように手に口付けを落として、相手に魅力があると思わせなければいけません。


つまり、殿方は社交の挨拶の一環として、口説くのが礼儀なのです。

それが出来て一人前。

そしてそれを上手くあしらえて淑女も一人前、と言うことです。


コーネリアス様としかこの挨拶をしたことのない私は他の方との挨拶にまだ慣れておりません。

と言いますのも、婚約中は王太子の物という立場でしたし、婚約破棄後は両親の手前、許可を貰おうとして却下される人物ばかりでした。

辺境伯様はそういう意味では別格の扱いを受けています。


交友のあるグループへと戻って行かれる辺境伯様の後ろ姿から目が離せませんでした。


「レディ・デボラ。私と踊って頂けますか?」


驚いてその声のしたほうを見ると、リオネル様が右手を差し出して立っておられました。

辺境伯様のことに集中していて、周りが見えていなかったようです。


「喜んでお受け致します、リオネル様」


私はリオネル様の手を取ります。

ザワリと周りで音がしました。辺境伯様がダンスを申し込んで下さった時もそうでした。

何かあったのかと思い、さり気なくあたりを目だけで確認しますが特に変わったところはありません。

そのまま、リオネル様はダンスフロアへと導いて下さいました。

まだパートナーの入れ替えをしているせいか、ダンスフロアに出ているカップルはまばらでした。

あたりは何事もなかったかのように談笑の声に包まれています。


リオネル様は私がコーネリアス様の婚約者であったことから身内だと判断されておられるらしく、コーネリアス様と同様に私も接して下さっていました。

もう私はコーネリアス様の婚約者ではないのですが、リオネル様にとっては癖なのかもしれません。

それとも婚約破棄されたのだからと態度を急変させては私が傷付くのではないかと気遣って下さっておられるのでしょうか?

どちらにしても、リオネル様のおかげでもう一曲、踊れるようです。


「貴女がダンスをするとは珍しい。それもあのストラットンが相手とは更に興味深い組み合わせだ。実に興味深い」


曲がないせいか、離れていてもリオネル様の声がよく聞こえます。


「辺境伯様が王都にいらっしゃるのは稀なことですから」


辺境伯様は領地で騎士団を率いて他国に睨みを効かせていらっしゃる方です。

ですから、王都にいることは非常に稀です。

いつの間にか来ていて、招待状を出そうとした時にはいない。そんな方です。


「辺境伯の立場としてはそうそう領地を離れられないのも当然のことだが、あの男がダンスを踊れるという事のほうが驚きものだ」


「確かに辺境伯様がダンスをなさるのを見たおぼえはありませんわ。浮いた噂もありませんし、辺境伯としての職務に忙殺されておられて、結婚まで考えられなかったのかもしれませんわね」


「貴女はストラットンを好意的に見ているようだな」


「リオネル様?」


「あの男と踊るのは楽しかったか?」


何が仰りたいのかわかりかねます。


「? ええ。 リオネル様? 何が仰りたいのですか?」


「ストラットンは男色家だという噂がある。相手はいつも連れている従者だとか」


「?!」


リオネル様は今なんと仰ったのでしょうか?!

そして、それは本当にリオネル様の口から出てきた言葉なのでしょうか?


思わず、リオネル様の顔を確認しました。

そして、辺境伯様がいるあたりをチラリと横目で見ました。会場の中でも辺境伯様の身長では埋没しようがなく、ご友人と歓談されている姿が見受けられます。


ようやく曲が奏でられ始めました。

リオネル様は滑らかなリードをして下さいます。

しかし、会話は滑らかではありませんでした。

私の心は戸惑いで波打っています。


「刺激が強過ぎたらすまない。だが、女に興味を示した事のないあの男が貴女にダンスを申し込んだ。その事実だけを見て欲しい。万が一、貴女にコーネリアスの子どもができていれば、あの男にとっても、レディ・デボラ、貴女にとっても好都合な事だと思わないか?」


曲の挿入部イントロであるにもかかわらず、私は叫んでしまいました。


「私はそんな事はしていません!」


曲が途切れました。

私は自分のしでかしてしまったことに気付き、急いで周りに頭を下げます。

曲を中断させるとは高位貴族以前の問題です。

今すぐ床が裂けて私を飲み込んでくれないものかと思いました。


二、三拍置いて、曲が再び奏でられ始めます。


「もしも、の話だ。そうでなければ、あの男と貴女の行動に説明がつかない」


「そんなことを仰られても困りますわ、リオネル様」


「レディ・デボラ。それなら心が弾むような何か楽しい事でもあったのか?」


「心が弾むような楽しい事・・・?」


私が思い出すことと言えば、サリーの親戚であるアグリとの他愛もないお喋り。彼女との会話はまるで妹と話しているかのような気分にさせてくれました。

いえ、妹とも違います。

アグリはビックリ箱のような人物です。

自分の求愛者ストーカーはいらないかと言い出したり、突拍子もないことを口にしてきて、彼女が本気であればあるほど私は笑わずにはいられませんでした。

どうしてアグリがそんな発想をするのか、私にはわかりません。

彼女の発言にサリーは表情どころか、顔色を変えるのも当たり前で、言葉遣いも乱れてしまいます。そして、サリーのお母様は途中から私と一緒に楽しむようになりました。

サリーに対する疑惑はありますが、それを気にしてしまうと、アグリに会いにはいけません。彼女はサリーの実家にいるのですから。

私はサリーへの疑惑には目を瞑って、アグリとの楽しい時間を満喫することにしました。

屋敷に戻る頃にはサリーに元気がなくなっていることも、疲れたような溜め息を吐くようになっているのも、日常的に見られるようになりました。

思い出すだけであの時の楽しい気持ちが蘇ってきて、自然と笑顔になります。


「ええ。ありました。新しくお友達ができました。彼女と話していると時間も忘れてしまいますのよ」


リオネル様は緑の目で何かを探るように私を見ました。


「だからコーネリアス以外を選んだのか」


「リオネル様。今、何か仰りましたか?」


「いいや。貴女がこうして前を向いて進んでいく姿が見れて、私は嬉しい」


そう言うと、リオネル様は柔らかく微笑まれました。

作者はリオネルを贔屓することにしました回。

アグリは・・・話が進まないので、もう出てきません。

新たな登場人物は辺境伯。そのうち、彼も贔屓します。

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