外出 sideデボラ
私はその新たな人物を呆然と見てしまいました。
彼女のような口調で話しかけられたことがない私はそれが衝撃的でした。
ぼんやりとした動きの悪い頭では彼女の言っていることをすぐには理解できませんが、次第に理解できるようになりました。
彼女の名前はアグリ。
求愛者?
ストーカーという言葉が聞こえましたが、私は最初、聞き間違いかと思いました。
ストーカーに追い掛け回されている、ということでしょうか?
ストーカー云々は今は考えないとして、サリーが声をかけたということは、サリーに招かれたんですよね?
つまり、サリーとは以前から交流があったということですよね?
そして、サリーの親戚ですよね?
それに間違いはないですよね?
なのに、どうして彼女は私をサリーだと思っているんでしょう?
コーネリアス様のことで思い悩んでいたことなど吹き飛んでしまいました。
先程、サリーは言っていなかったでしょうか。他国の親戚が来ている、と。
サリーは他国にいる親戚と連絡まで取って招いたということでしょうか?
何の理由があってそんなことまで?
「あなたの言う通りだわ、アグリ。助かったわ。私ったら、サリーと久しぶりだったから、お客様を放ったらかしにしてしまって・・・。では、みんなで居間に移動しましょう」
サリーのお母様は彼女にそう言うと、申し訳なさそうな顔で私に向き直りました。
「申し訳ありません、レディ・デボラ。こんな場所で立ち話に付き合わせてしまって。どうぞこちらに」
サリーは今日の外出をどこまで計画していたのでしょう?
そう、それはいつから計画されていたのか。
昨日今日の話ではない筈です。
他国にいる親戚と遣り取りをして、こうして実家に招くことができるということは、少なくとも一ヶ月以上前から彼女と連絡を取り合っていたということです。
「・・・」
サリーが何を思って彼女をこの国に招き、私をここに連れて来たのか、思案していて返事をし遅れました。
「お嬢様」
私がまだ思いに耽っていると思ったのか、サリーがさり気なく誘導してくれます。
それに従いながら、私の中でサリーへの疑惑が黒いインクの染みのように広がり始めました。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
アグリとサリーのお母様を先頭に私たちは居間に移動しました。
居心地の良さそうなファブリックの置かれた小さな居間の思い思いの席に着くと、サリーのお母様は謝ってきました。
「狭くて申し訳ありません、レディ・デボラ」
招かれて出かけた家々とは大きさがそもそも違うのですから、部屋の大きさなど気になりませんでした。
それよりも居間があるということ自体が驚きでした。サリーのお母様が来客の応対に出てきたのですから、当然、使用人もいないのだから、居間があるとは思ってもみなかったのです。
「いいえ、お気になさらないで。できましたら、デボラと呼んで下さい。私もサニーと呼びますから。それと、話し方も普段遣いのものにして下さい」
あの破天荒な彼女の口調が、私たちの会話の中で非常に浮いてしまわないようにするには、そう申し出るしかありません。
また、サリーのお母様の言葉遣いも慣れていないのか、所々、古めかしく、堅いものです。堅い言葉遣いは好感が持てるものですが、ひどくぶっきらぼうに聞こえることもあります。
「ありがとう。そう言って頂けると助かるわ、デボラ」
「私もデボラって呼んでいい?」
アグリが元気良くそう言いました。声まで跳ねまわりそうなくらいです。
この人は初対面が初対面だったので、エネルギーの塊のような印象があります。どことなく、妹と同じ感じがします。
「勿論よ、アグリ。サリーもそうして」
サリーとはよく軽口をきくことはありますが、サリーの言葉遣いはいつも主人に対するものです。
「わかりました、お嬢様」
これではいつもと変わらないような気がします。
しばらく話していれば、その変化もわかるかもしれません。
私はサリーの真意を探さなければいけないのです。
十年近く私に仕えてくれていた、私に一番近い侍女に全幅の信頼が置けない、という疑惑があります。
答えによっては、サリーとは距離を置かなければいけません。最悪の場合、解雇も視野に入れなくてはいけないのですから。
「改めて。よく来てくれたわ、デボラ」
「ありがとうございます、サニー」
「もう一度言うことになるけど、あたしはアグリ。サニーとサリーの親戚よ」
「はじめまして、アグリ」
「よろしくね、デボラ。ねぇ、デボラって、サリーが仕えているお嬢様なのよね?」
興味津々といった体で、アグリは話しかけてきました。
彼女は裏表どころか、感情を隠したり、取り繕ったりできない性格ようです。
開放的すぎるところがありますが、妹と似た特性です。
「ええ。そうです」
「王子様に取り替えられたあの令嬢なの?」
ズキリと胸が痛みました。
取り替えられたなどと言われているのでしょうか?
捨てられたと言うよりもまだ良いような気もしますが、本当に私は猫の子のような扱いです。
「・・・取り替えられたというのは?」
明確な答えは避けて、アグリに話を続けさせます。
「この国に来るまでサリーがそんなこと教えてくれなかったからさー。街をブラブラしていたら耳に入ってきたのよ。――女好きの王子様が婚約者を取り替えたって」
取り替えた・・・。
街ではそんな風に言われているのね。
でも・・・
「女好きだなんてそんな・・・。コーネリアス様はそんな方ではないわ」
「でも、そう言っていたわよ。で、デボラがその婚約者と同じ名前だったから、そうなのかなーって」
アグリは本当に取り繕うところのない人のようです。
「アグリ!」
サリーのお母様がアグリを咎めました。
「申し訳ございません。口の聞き方も知らなくて。アグリの申したことはお聞き流し下さい」
サリーは私に謝ってきました。
言葉遣いは変わらないようです。
「いいのよ、サリー。――アグリ。王太子に捨てられた婚約者、それは確かに私よ」
「え?! 王太子なの? ただの王子様じゃないの? 王様になっちゃう人なの?」
「残念ながら、そうなのよね。――ごめんなさい、デボラ」
サリーのお母様が疲れたように溜め息を付きながら言いました。
サリーのお母様にまでそんな表情をさせるということは、コーネリアス様に対する民衆の評価は低いのでしょうか。
「いいえ。気にしないで。今は妹の婚約者だもの」
「姉妹で取り替えたって言うのも本当だったんだ。うわー。もう、サイテーだね。さっさと忘れて、次の恋人探したほうがいいよ。というか、私のストーカー、いらない?」
「「アグリ!!」」
サリーとサリーのお母様が大きな声を出しました。




