外出 sideデボラ
人生の幸運の話、でしょうか?
ですが、どうして私の名前が出てきたのでしょう?
それどころか、サリーの選択がどうして私を苦しめる結果になるのでしょう?
まったく、意味がわかりません。
二人は何を話しているのでしょうか?
招待主が招待客を放ったらかしにして招待客の使用人と話し込んでいるのは、本来なら非礼を咎めなければいけない場面ですが、私は二人の会話が気になったのでそのままにしておきました。
「それはそうですが・・・」
言葉を濁し、サリーは私のほうを一瞥します。
私は黙っておくことにしました。
何か余計なことを口にして、二人の話している内容を聞き逃すわけにはいきません。
「すんでしまったものは仕方がないのよ、サリー。今が最悪ならそれ以上悪い事は起きないもの」
「底ならいいんですが、あの方は予想外のことばかりなさるから、わからないんですよ」
今が最悪で、更に悪いことがあるかもしれない?
その最悪な状況にいるのは私のことでしょうか?
でしょうね。
王太子から婚約破棄されたと言うのは、どんな女性にとっても最悪な状況かもしれません。
しかし、サリーはそれすらもまだ底だと考えていないんでしょうか?
まだ悪くなる余地があると考えているようですが、それは一体・・・?
「どういうこと?」
「実は、お嬢様があの方の婚約者になった背景には王妃様の意向があったのです。お嬢様なら王太子妃に相応しいとお考えで、あの方の意志は気に留めておられませんでした」
「!!」
驚愕のあまり私は息を飲みました。
もう少しで声が出るところでした。
サリーが王族付きの侍女をしていたと今朝、聞いたばかりでしたが、私が婚約した当時の経緯まで知っているとは思いませんでした。
サリーは私が婚約してすぐに私付きの侍女として、マールボロ家に雇われました。
王家の思惑まで知った上で私の側にいるということは、レディ・ウィルミナの言う通り、王家から派遣されたとしか思えません。
何故、私には王家から派遣されて来たことを否定するのかわかりません。
サリーは何を考えているのでしょうか?
「じゃあ、王太子様はレディ・デボラのことを気に入って話が進んだのではないのね?」
信じたくはなかったことをサリーのお母様は口にしました。
招待客である私をいない者のように扱うのは先程も思ったように咎めるべきところです。しかし、ここで水を挿せば知らなければいけないことを知らないままでいることになります。
万が一の可能性に縋って、私はコーネリアス様を信じようと思います。
今までは自分の思い違いだと逃げていましたことでしたが、立ち向かわなければいけません。
社交界から追放されて、いつまでも嘆いて生きていたくはありませんから。踏ん切りをつけて後ろを向かずに生きていくか、それともコーネリアス様を想って我が身を儚くするか。
元々、そういう気持ちを抱かれていないならそれはそれで構いません。
馬鹿な私が一人で舞い上がって空回りしていただけですから。
でも、お願いです。
サリーがコーネリアス様が私のことを想ってくれていることを言ってくれますように。
「そうなのです。あの方はお嬢様のことなど見ていなかったのです」
サリーの言葉が頭の中を何度も繰り返されます。
呆然としている私の耳にサリーとそのお母様の会話は続きます。
「それは・・・、王太子様はその時いくつくらいだったの?」
「12歳になられていました」
「12歳・・・。それならまだ女の子に興味がないのも仕方がないわ」
それを聞いて、いつの間にか床に落としていた視線をサリーのお母様の目に上げます。
サリーのお母様は励ますように私に微笑みかけて下さいました。
「ええ。交流を深めるようになって次第にお嬢様のことを気にかけるようになっていきました。そして、傍からでも二人がうまくいくことと誰もが考えるようになりました。だから、誰もがあのような心変わりが信じられなかったのです」
思っていたように、コーネリアス様も私のことを想っていて下さっていたようです。
私は安心すると同時に、あの時の痛みを思い出しました。
コーネリアス様は私を愛してくれていた。
でも、私ではなく、オーガスタを選んだ。
オーガスタに私に向けていた愛を向けてしまった。
「サリー。レディ・デボラが・・・」
「私は何もしなかったのに。あの男は勝手に――」
「ちょっと、玄関先で何、話し込んでんのよ? お客ならさっさと入ってもらいなさいよ、サニー」
家の奥からまた金髪美女が現れました。
今度は金の巻き毛を顔の両側の目の高さで結わえた、ややつり上がったヘーゼルの大きな目をしています。
胸元を見るとサリーやサリーのお母様とは違い、標準的な膨らみです。
くだけた言葉遣いをしているこの方がサリーの言っていた親戚なんでしょうか?
「あたし、アグリ。うるさい求愛者から逃げ回っていて、困っていた時にサリーが来ないかって声をかけてくれたから、この家に来たサリーの親戚。あんたは? サリーの連れ? それともサリー?」




