外出 sideデボラ
高位貴族らしくない姿を晒してしまったかどうかはわかりませんが、サリーのお母様?はサリーのことしか目に入っていないようなのでひとまず安心しました。
では、サリーはと言うと、嫌そうなのを隠そうともしない顔で苦笑いしています。そして、私ともお母様とも視線を合わせたくないのか、目が泳いでいます。
「あなたって子は、なかなか顔を見せないんだから! 久しぶりに顔をよく見せてちょうだい」
サリーのお母様?は抱き締めるのをやめて、サリーの両腕をつかんで顔を見ました。二人の身長はサリーのほうが高いようです。お母様?は私と同じか、それよりも少し高いくらいかもしれません。
サリーは・・・珍しいことに慌てています。
悪戯の見つかった小さな子どものようにおかしいくらい挙動不審です。
「は、母上。お客様がいらっしゃるから――」
声が引き攣っています。
こんなサリーを見るのは初めてです。
サリーはいつも優秀な侍女然としていて、慌てふためく様は見たことがありません。私ができることはせいぜい、わざとサリーにとって嫌な思い出を口にして困った表情を引き出すくらいです。
「客? そういえばそう言っていたわね。お客様を連れて帰るって。確か、今、勤めている家のお嬢様だったわよね?」
そう言いながらサリーのお母様?は顔だけ私のほうに向けました。
両手はサリーの腕から外されていません。逃がす気はないようです。
「そうです。――お嬢様、母のサニーです」
諦めきった様子でサリーは自分の母親に紹介してくれました。
まさかサリーの腕をつかんだまま挨拶する筈はないと思いましたが、先程からの様子ではそうとも言いきれません。サリーのお母様はどうなさるのだろうかと私は興味をひかれました。
なんてことはありません。
サリーの腕を放し、私に向かって体ごと向き直ってくれました。
「初めてお目にかかります。私はサリーの母親で、サニー・ホーンビーと申します。どうぞ、よしなに」
サリーのお母様は貴族やそれに仕えている者特有の礼儀正しい言葉遣いとお辞儀をしました。
サリーは父親が騎士だと言っていましたから、母親も貴族かそれに準じる出身なのでしょう。
騎士とは一口に言っても、その出身は様々です。
上は爵位持ちやその継承者。多くは爵位のある家の次男以下が自立の道として就くことが多いです。そして、父親が騎士(騎士は一代限りの身分)なので同じく騎士になる者。下は貴族の後見人が付いて騎士になる者。これは使用人の子どもが主人を守る為になることが多く、それ以外には資質を見出された平民です。
我が国も昔は騎士団を抱えている家もありましたが、今は王家か国境付近に領地を持ち、王家に絶対の忠誠を誓っている辺境伯ぐらいしか騎士団は所有していません。それと言うのも、隣国からの侵略に備えている辺境伯以外に武力を持たせておくと、いつ王家に逆らう気になるかわからないという理由からです。
辺境伯も辺境伯と言うだけに、伯爵位でしかありません。それ以上の爵位を与えて、権力が集中することを避けるというもの。
しかし、辺境伯と言うのはその地方では王家と同様の権力を有する家です。その地方の他家は辺境伯の指示に従って、軍事費や兵として男手を差し出さねばなりません。
先程、申し上げたように騎士団は王家と辺境伯しか持っていないので、騎士の養成もその二つ以外では行われておりません。私兵として騎士団は持てませんが、護衛として騎士を私兵に持つことは許されています。
また、護衛騎士に訓練された私兵を持つことも許されています。
ただ、騎士団ではないので、騎士の身分を持っている者以外は私兵の身分は平民でしかありませんし、その家が与えることのできるのは金品だけです。有能な騎士は手柄を立てて、一代限りの身分より上の爵位を望める王家か、そこから派遣される形式になっている辺境伯を選びます。
・・・王妃教育で得たこんな知識も今はもう、意味のないものですが。
気を取り直して、サリーのお母様にご挨拶しなくては。
「サリーのお母様ですか。お若くいらっしゃるのでとてもそうとは思えませんでした。てっきり、サリーの姉妹かと思ったくらいですわ」
今のように並ばれると、本当にそういう風にしか見えません。
サリーのお母様はやや垂れた目のせいかおっとりとした印象ですが、サリーは父親似なのか涼やかな目元をしています。
あら、サリーの顔が強張っています。
「あら。ふふふ・・・。そう、若いというわけでもございませんよ」
サリーのお母様は口元を手で抑えながら言いました。
「そんな。ご謙遜を。どう見ても、サリーと変わらないくらいにしか見えませんわ」
サリーの口の端が引き攣りました。
「お褒めの言葉を頂けて、嬉しゅうございます」
「お世辞ではありませんわ。本当に姉妹にしか見えませんもの」
サリーの顔が完全に引き攣っていますね。
これはこれで面白い顔です。
「嬉しい事を言って頂いて、光栄でございます」
「こちらがマールボロ侯爵家のご令嬢、レディ・デボラ様です」
挨拶が一段落し、引き攣った顔を無理矢理、笑顔にしようとして失敗したサリーが私を紹介しました。
この調子なら、サリーのお母様と話していれば、サリーの取り澄ました表情以外をいくつも目にすることができそうです。
「マールボロ侯爵の長女デボラ・アイリス・マールボロと申します」
私の顔に自然と笑みが浮かびました。
サリー・・・ガンバ




