一夜明けて sideコーネリアス
マールボロ侯爵家の庭園。王宮よりは比べ物にならないくらい狭いが、侯爵家の庭園だけに他の貴族の庭園とは格別のものがある。
尤も、ここは都の別宅であって、領地にある本宅とは大きさは比べ物にならないほど狭い。
この風景をかつて彼女と共に眺めたことがある。
オーガスタは全身で喜びを表しながら笑うが、彼女は控えめに微笑むだけ。
髪の色も眼の色も同じで、芸術の神か自然の神が描いたような顔までよく似ている。笑うと花が咲くように見えるところまで同じだ。花は違うが。
それなのに、私の傍に居るのはオーガスタだけだ。彼女はここにはいない。
オーガスタと一緒にいるのは心地良い。全面的に私を信頼してくれているからだろうか?
いつからそう感じるようになったのかはわからない。それまでは彼女と私の世界に割り込む邪魔者だった。
王太子である私には幼い頃から義務がある。長ずるにつれて増えていく義務の合間をぬって、彼女と過ごす一時にオーガスタは必ずいた。私が彼女と二人きりで過ごすべき時間をオーガスタは奪った。
妹を溺愛している彼女はいつもオーガスタを連れていて、時々、私は彼女とオーガスタの世界の邪魔者ではないかと思うくらいだった。
私は彼女と話したいのに、いつも話すのはオーガスタだった。オーガスタは私の倍は話していて、彼女は時折オーガスタを窘めながら微笑んで見ていた。
オーガスタが社交界デビューをする時、「妹を頼みます」と彼女は言ってきた。
その後、ダンスのある催しではいつも最初のダンスの時に彼女は言う、「妹を頼みます」と。
オーガスタと一緒にいるのは心地良い。オーガスタはいつも私を優先する。彼女のように私よりも姉妹を優先させたりはしない。
責任が重くなるにつれ、私はオーガスタの明るさに救われるようになった。
彼女はオーガスタのように社交的ではなく、夜会ではよく虐められてどうすればいいのかわからずに途方に暮れていた。オーガスタは彼女に1年遅れて夜会に出るようになると、母鳥が雛を守るように彼女を守った。
それを見て私は彼女に王太子妃ひいては王妃は無理なのではないかと思うようになっていった。
美しいだけなら彼女以外にも美しい令嬢がいる。従姉のレディ・ウィルミナのように。
この国の貴婦人の頂点に立ち、他国との外交にも携われる人物。それが王妃に求められる資質。
女性特有の妬みや僻みを軽くあしらえなければいけない。
それができない彼女には王妃は無理だ。
苦手なものを強要させれば、彼女はいつか壊れてしまうことだろう。
だから私は――オーガスタを正妃にして、彼女を側妃にすることにした。
その判断に誤りはない。
ただ一つ誤算があるとすれば、あんなに仲の良かったオーガスタを彼女が虐めるようになってしまったことだけ。
「コーネリアス様」
呼ばれてオーガスタを見れば、不安そうな表情をしていた。
彼女もそうだったが、私はオーガスタにもそのような表情や苦しげな表情をさせたくはない。
昨夜は彼女で、今朝はオーガスタか。
私の思いとは裏腹に二人に不本意な表情をさせてばかりいる。
「どうかしたのか、オーガスタ」
「コーネリアス様。――コーネリアス様は私をデボラお姉様の代わりに望んだのではありませんよね?」
「勿論、私はお前を望んで婚約をしたのだ。デボラの身代わりだとは考えたことはない」
「本当でしょうか? 本当に私はデボラお姉様の身代わりではないのでしょうか? 私自身を望んで頂けているのでしょうか?」
「私の言葉を疑うのか、オーガスタ?」
「申し訳ございません。デボラお姉様は私を虐めるか無視なさるようになるし、私はどうしたらいいのかわからないのです。私がお縋りできるのはコーネリアス様だけです。そのコーネリアス様まで私のことをおざなりにされているかと思うと耐えられなくて・・・」
侯爵夫妻は婚約を破棄してから彼女につきっきりだ。
オーガスタが心細く思うのも仕方がない。
そんな風に思わせてしまうなど、私はなんと罪深いことをしてしまったのだろう。
「それはすまなかった。オーガスタ、私はお前を愛している。それに偽りはない」
「デボラお姉様の身代わりではありませんよね?」
「デボラとは婚約を破棄したのだ。身代わりである筈がないだろう?」
「私だけを愛して下さっているのですね?」
「ああ。愛している、オーガスタ」
目の端で辻馬車に乗り込む彼女の姿が見える。
侯爵家の馬車ではなく、辻馬車を呼んでまで使う理由はなんだろう?
不審に思いながら、私はオーガスタを抱き締める。
ここは人目も望める侯爵家の庭園だ。婚約者同士なのだから、何ら疚しいことはない。




