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一夜明けて sideデボラ

「それは大袈裟すぎるわ、サリー」


私は苦笑してみせました。

サリーは心外だとばかりにその麗しい顔を顰め、若干、胸を張ってみせます。豊かな胸が強調されて、同性であるにもかかわらず、私の目はそちらに引きつけられました。


「大袈裟なのではございません。お嬢様はご自分をご存知ないのです。月の光を紡いだかのような白金プラチナの髪。水面に写った豊かな森のような深緑エメラルドの瞳。森の奥深くにある泉の女神か月の妖精かと思う顔立ち。お嬢様がただの人間として息をしていることは今でも信じられません。いつか神か精霊の世界に戻ってしまわれるような、そんな風情すらあって、サリーは気が気ではございません」


サリーの言葉からすると人間には見えていないようです。

女神や妖精と言われても困りますし、その上、別の世界に姿を消すことなどできません。

私はただの人間に過ぎません。


社交では過剰なまでに互いに褒め合うのが礼儀ですから、女神だの精霊だの妖精だの姫といった呼称はよくあることです。しかし、サリーの口からそう言われるのと、お世辞だと受け流せない何かがあります。

女神・・・と言われても面映ゆいばかりですし、妖精と言われても思い当たる節もございません。 

いつも思うことですがサリーの目には私はどう映っているのでしょうか?

お伽話に出てくる魔法使いのように、魔法でも使えると思っているのでしょうか?


青。

碧くて蒼い、色。


困っている私の目に青いサファイヤが飛び込んできました。どうやらサリーが上から私の顔を覗き込んでいたようです。


「お嬢様はサリーが申し上げることが信じられないのでございますか?」


サリーの目の中心は藍色で、それを青いコーンフラワーに似た明るい青色が縁取っているものでした。

その蒼さに魂が吸い込まれてしまいそうな美しい色です。

私は意識を保つだけでも大変でした。

その目を見ていると、サリーのいうことが全て本当のように思えてきます。


「そんなつもりはないわ。でも、私はそんな大層な人物ではないもの・・・」


なんとかそれだけを口から絞り出します。

それでも、サリーの碧眼ブルーアイズから目が離せませんでした。


「そのようなことをご自覚されているお嬢様はお嬢様ではございません。ご自覚なさっておられないから、お嬢様なのです」


眉を顰めたまま、僅かに目を伏せたサリーは私を痛ましげに見ました。

私はサリーの言うように、自分の姿を正当に評価できていないのでしょうか?

私の容姿はサリーの言うようなものでしょうか?


「そんなことを言っても、サリー・・・」


「出すぎたことを申し上げたこと、お許し下さい。サリーはお嬢様にお嬢様自身をご理解頂きたいのです。お嬢様が如何に優れているかを」


またもや再開されるサリーの過剰なまでの持ち上げに私は居た堪れなくなって、手にしていたティーカップに口を付けることで返事をしませんでした。


「・・・」


小さく溜め息が吐かれる音がしました。どうやら、私はサリーに呆れられてしまったようです。


「今日のお嬢様はいつにも増して、ご自身のことを過小評価なさっておいでで、サリーは歯痒い思いをしております」


「サリー・・・」


シーツの上から視線を上げると、悔しげに顔を歪めているサリーがいました。


「あの方がすべてではございません。お嬢様にはお嬢様の魅力がございます。お嬢様はマジパンがお好きでございますよね?」


マジパンは軽い食感とジャムを挟んだケーキまでは甘くはない甘みが食べるのを止められないほど美味しいお菓子です。嬉しいことにこのマジパンはお茶菓子の定番で、お茶会だけでなく普段のお茶の時間でも様々な形や色で作って目でも楽しませて貰っています。


我が家の菓子職人は毎日のように趣向を凝らしたマジパンを作ってくれて、私と妹を楽しませてくれたものです。

それも今はできません。

私は妹を虐めなければいけない身。妹とお茶の時間を楽しむことなど叶いません。

それに屋敷で虐めている妹と顔を合わせるほどの神経を私は持っておりません。

父に命じられた妹虐めができなくなってします。

侯爵家の令嬢として、我が家が侮られないようにしなければいけなのです。父が侯爵として我がマールボロ家を守るように、私もマールボロ家を守らなければなりません。


大切な妹を傷付けても・・・。


「ええ。つい、食べ過ぎてサリーに怒られてしまうくらい」


婚約破棄されるまではそのことで何度もサリーに怒られました。

それくらい、私はマジパンが好きでした。

妹を傷付けなければいけない私は、マジパンを食べないことにしました。

マジパンを食べると、妹を虐めていなかった頃を思い出してしまうので。


「お嬢様がマジパンを食べ過ぎてしまうように、ヌガーを食べ過ぎてしまう方もおります。それと同じことでございます。自分が好きな物だからといって、十人が十人とも、同じものを好むとは限りません。また、食べ過ぎれば好きな物も飽きて嫌になるというもの。それに気付かず、起こされた短慮の被害者がお嬢様なのでございます」


ヌガーは妹の大好な物です。

子どもの頃から妹はヌガーは時間をかけて少しずつ食べていました。そうするほうが美味しいと言っていたことすら思い出せます。

私はヌガーをいつも歯に引っ付けてしまい、食べるのが苦手でした。

サリーもそれを知っていたから引き合いに出したのでしょう。


それとなくコーネリアス様のことを当てこすりしていますが・・・。


「サリー・・・。ありがとう。慰めてくれて」


サリーは納得いかないとばかりに憮然とした表情をしました。


「お慰めしているのではございません。事実を申し上げただけでございます」


「いいえ、慰めの言葉よ。事実ではないわ。事実は私が如何に魅力も才能も能力もないかということだけ」


私はティーカップの中の紅茶に映る自分の顔を見つめました。


サリーが言うことが事実なら、聡明なコーネリアス様が私を妃に相応しくないとされない筈。

王妃教育に時間のかかりすぎる私では駄目なのでしょう。

社交が苦手な私では無理なのでしょう。

私は王太子妃には相応しくない娘。

決して、――ではない。



誰かが私の両肩を掴みます。

その手をぼんやりと辿って行くとサリーがいました。



どうして、サリーが泣きそうな顔をしているの?



「お嬢様! ――今までは黙っておりましたが、お嬢様は以前のお嬢様ではございません。今のお嬢様はご自分をおとしめ、すべてを諦観なさっておいでです。あの方がオーガスタ様を選ぼうが選ぶまいが、サリーの知ったことではございません。お嬢様を傷付けたことに変わりはないではありませんか!」


サリーを宥めようとしました。しかし、口から出てくるのは別の言葉。


「サリー。そんなことを口にしてはいけないわ」


今、サリーが私の肩を掴んでいるように、理由もなく主家の人間の身体に触れるのはいけないことです。

今、サリーが主家の人間に関してぞんざいな発言をしたこともいけないことです。

今、サリーが王太子を、王族を批判する言葉もいけないことです。


「何故でございますか? お嬢様がこのようにご自身を卑下なさるようになってしまったのに、何故、あの方の横暴を批難してはいけないのでしょうか? あの方が諸悪の根源でございます! 元凶であるのに、何故、お嬢様がそこまで庇われるのですか?!」


サリーの言葉が私の耳から耳へと通り過ぎ、心を滑っていく。


「それでもよ。全部、私が悪いの。捨てられてしまうような価値の無い私が悪いのよ・・・」


「何を仰られるのですか! お嬢様には何の落ち度もございません! ――あの愚かな者が悪いのです!」


柳眉を釣り上げるサリーを私は窘めます。

下の者を窘めるのも主人の務め。


「サリー、それ以上は――」


「お嬢様はあの方を買いかぶり過ぎでございます。あの方の言動に傷付く必要はございません。そのような価値は、あの方こそ持っておられないのですから。心の傷を癒やす魔法があったなら、お嬢様の苦しみをこのように長引かせたりせずにすむのに・・・」


サリーに揺さぶられながら、私はその青い宝石のような目と目を合わせる。


「サリー。魔法が使える人間はお伽話にしかいないわ」


サリーは一瞬、目を見開くと、私の肩から手を離して目を伏せました。


「・・・そうでございましたね。魔法を使える人間はお伽話の中だけ。――ご無礼をお許し下さい」


「サリー・・・」


私にはサリーが何を言いたいのかわかりません。

今、何故、お伽話にしかいない魔法を使う人間の話をするのか、私には理解できません。

紅茶は手の中ですっかり冷めてしまいました。

サリーに言えば淹れなおしてくれるでしょう。


「・・・」


しかし、私は冷めた紅茶を飲み干しました。

この冷めた紅茶は私と同じもの。

王太子にとって価値が無いから要らないと捨てられた私と同じように冷めて価値の失くなった紅茶。

目を閉じたサリーも私のような価値のない人間を見たくはないのでしょう。


「サリー。おかわりを」


私はサリーの顔を見ずにティーカップを差し出しました。


「かしこまりました。朝から不快なお話でお耳を汚してしまい、申し訳ございません」


何かを堪えたような声でサリーはそう言うと、私の手の中からティーカップの重みは消えました・・・。

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