一夜明けて sideデボラ
ああ、良い匂い。
紅茶?
酸味と爽やかな苦味の匂いにつられて目を覚ますと、ベッド脇にティーワゴンとサリーの姿がありました。
「サリー?」
麗しい顔をした金髪の侍女は私の呼びかけに微笑みを深めます。思わず私の心臓は跳ねました。
慈愛に満ちたサリーの笑顔は寝起きの私の心臓には優しくないもののようです。
美しいのも考えものですね。
同性から見てもうっかり見惚れてしまうサリーの笑顔はどうにかならないものでしょうか?
そんな私の心の中を知らないサリーは眩しい笑顔のまま、朝の挨拶をしてきました。
「おはようございます、お嬢様。本日は暑くもなく、寒くもなく、素晴らしいお散歩日和でございますよ」
一瞬、窓の方を見たサリーが少し目を細めて険しい表情をしました。
「そう?」
私は手近な窓に目を遣りました。窓からはカーテン越しに昼に近い強い日差しが差し込んでいました。
王都での生活では夜の社交生活に適応する為に起床はお昼近くになってしまいます。領地では朝に起きるものですが、日付が変わっても続く催しで夜通し起きていることもある王都の生活は自然とリズムが違うのです。
兄が王都を嫌うのもこの生活リズムが理由の一つです。
カーテンを開けるサリーの身体で外の様子は窺えません。
部屋の住人が目を覚ますまでカーテンを閉めたままにしておくことは普通のことです。そして、サリーが私の起床でカーテンを開けることはおかしなことではありません。
しかし、順序が違います。モーニングティーを淹れ、それをベッドで部屋の住人が頂いている間にカーテンを開けるものです。もしくは、モーニングティーと着替えが終わってからするか。
私はサリーが窓の方を見たサリーが浮かべたあの表情を見ています。
窓の外、もしかして庭に私には見せたくない光景でも広がっているのでしょうか?
たとえば妹とコーネリアス様が庭にいる、など。
あり得ないことではありません。二人は婚約しているのですから。
私も婚約していた時は三人で庭を眺めていたものです。
私は妹と共にいることが当たり前でした。いつも一緒でした。
怖いもの知らずな妹が色々な人に話しかけていくのを眺めているのが私は好きでした。そんな妹が困ったことにならないように姉として見守っていることは、引っ込み思案な私にはとても楽しいことだったのです。
それが、いつからか苦しいものになりました。
妹が楽しそうにしていれば私も幸せだったのに。
それは私の幸せではなくなりました。
私と妹の世界にコーネリアス様を加えた三人の世界が私を除いた二人の世界になってしまったばかりに。
私と妹の世界では私はコーネリアス様を受け入れていました。しかし、あの子にとってコーネリアス様が自分を構ってくれるようになっただけとしか認識されていないにもかかわらず、コーネリアス様は妹に熱を上げ、妹だけを自分の世界に入れ、私を受け入れてはくれませんでした。
私にはそれが耐えられませんでした。
いつの間にか私はコーネリアス様を自分の所有物だと考えるようになっていたのでしょう。それともあの方に好意以上のものを持っていたのかもしれません。
どちらにしろ、私はコーネリアス様の無意識の拒絶に傷付くようになっていました。コーネリアス様にとって私はマールボロ侯爵家の後ろ盾を得るに道具にすぎないというのに、思い上がっていたのです。
私が窓からティーワゴンに視線を向けました。
薄くて軽い繊細なデザインのティーセットも良いですが、サリーは手でしっかりと持て、ほどほどな重さがにあるものを用意したようです。白百合をイメージしたような白一色の六角形のティーカップやシュガーポットやミルクポットとティーポット。それに柄に百合の意匠が付いたティースプーンを始めとした小物。
「それなら外に出てみようかしら」
妹とコーネリアス様が庭にいるなら、それを見せないようにサリーが外出を促すのもわかります。
ただ、買い物ならわかりますが、何故、散歩なのかはわかりません。
散歩すると言えば、私が避けたい(サリーが顔を合わせるべきではないと考える)相手のいる我が家の庭か、王都内の公園。王都を王侯貴族や彼らを相手に商売をする地域と庶民の生活する地域に分けるように流れているエヴァンス川の畔、それか王都の側にある森くらいしかありません。
「そうです。こんな日に引き篭もっているのはよくありません」
窓の側を離れたサリーがティーワゴンに近付きながら力強く言いました。
自分が提案したことだけにサリーは非常に喜んでいるようです。
サリーには何やら思惑があるようですが・・・。青い瞳を宝石のように煌めかせて、輝くような笑顔を浮かべているサリーを見ても何もわかりません。
私の為だとはわかっていますが、どのようなことを考えているのか気になります。




