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王宮夜会 sideデボラ父

国王夫妻に挨拶をしようと向かう私のところに、先に下の娘を連れた王太子がやってくる。

正しい判断だ。婚約者であろうがこの場ではまだ王家の一員となっていない人物は同席することができない。王太子は上の娘とは婚約までしていたが、下の娘とはまだその段階ですらない。


「マールボロ侯爵」


「これはこれは、殿下。ご機嫌麗しゅう。何か御用でしょうか?」


何食わぬ顔で応じると王太子は眉を寄せる。


「デボラにどうしてあのような真似をさせておく? あのままでは自分の評判を落とすだけだ。ひいては結婚だけでなく、招待もされなくなるぞ?」


早口に捲し立てる王太子の様子に私は内心ほくそ笑む。

心配しているのは上の娘の身の上ではなく、自分の側妃にできるかどうかということなのは丸わかりだ。いくら事実上の貴族社会からの追放を匂わせても、王太子の望みが薄くなっていることに変わりはない。


「申し訳ございませんが、これもひとえにオーガスタが後ろ指を指されずに王家に嫁ぐためのもの。どうかご容赦下さい。ただでさえ、我がマールボロ侯爵家は娘の婚約を破棄され、姉妹が略奪したと嘲笑を受ける立場でございます。このままにしておくと貴族の中にもマールボロ侯爵家を蔑ろにする者も出てきてはオーガスタとの婚約も立ち消えとなりましょう。王家が望んでいるのは、貴族を抑えられる立場のある後ろ盾を持った王太子妃、王妃。今は上の娘に泥をかぶって貰わねばなりません。それが最上の手ですから」


「でも、それではデボラお姉様が・・・」


下の娘はチェルシーに似て無邪気だ。それが良い点でもあり悪い点でもある。

無邪気。

悪く言えば無神経。

自らをコントロールして自制するべきところを自制できないとも言う。

何故なら、本人はそれを悪いことだと認識できないから。認識させるのは大変だが、認識してくれれば同じ過ちは犯さない。


上の娘はいつも下の娘の無邪気さが引き起こすトラブルを未然に防いできた。


しかし、下の娘は自分が侯爵家の令嬢だという意識が欠け過ぎている。


親しみやすい反面、馴れ馴れしく、権威に欠ける。

他国の者からどれほど侮られる存在となるか、それを恋に浮かれた王太子は考えていない。


「デボラは侯爵家の一員として心得ているから心配は無用だ。殿下はお前を正妃にとお望みなのだぞ」


「私はデボラお姉様が”妹イビリ”などと呼ばれるのは耐えられません」


優しさはいつも表面に見えるだけのものではない。

下の娘の優しさは表面に見えるものだけだ。

気遣ってはいる。

優しい振りや気遣っている振りなどの口だけや偽善の薄っぺらい優しさとは違うものの、時には成長を促すために厳しくすることも必要だということを理解していない。

無邪気さ故に。


「オーガスタ・・・!」


妻の声に含まれる憤りを私の腕に絡ませている手を軽く叩いて宥める。


この場ではまずい。


「お前はデボラが何も耐えていないとでも思ったのか?」


上の娘の社交界デビューの翌年、下の娘も社交界デビューを迎えた。

あの夜のことは忘れられない。

王太子は婚約者ではなく、下の娘と一晩中踊り続けた。

姻戚関係ができるのだから、一曲二曲ぐらいは踊るかもしれないが、下の娘が親族以外と踊れなくしたのだ。婚約者の時と同様に。

それが何を意味するかはわからぬ筈もない。

それともそこまで愚かなのか。


それからは夜会の度に下の娘と踊る。

上の娘はいつもそれを見ていた。


姉妹をエスコートして現れ、最初の一曲を義理とばかりに婚約者と踊り、あとは下の娘と一緒に笑い合っている。


コーネリアスと言う男はそういう人間だ。

そして、それに気付かないオーガスタもそういう人間だ。


恋に浮かれて立場を忘れているだけならまだいい。

しかし、下の娘は子供の頃からそうなのだ。

上の娘を正妃として相応しくないと判断するなら、下の娘は更に相応しくない。

上の娘を支えていく気概もなく、恋に溺れて下の娘を正妃にと望んだのは王太子だ。

せめて、自分の恋した相手ぐらいは支えていってほしいものだ。


「いいえ。デボラお姉様はいつも辛そうな表情をしていますもの。私に意地悪をしている時すら泣きそうな顔で。私はもう、デボラお姉様にあんな表情をさせたくないんです」


「優しいなオーガスタは。だが、そんなに気に病むな。私が何とかする」


「・・・」


貴方には優しさの欠片も無いようですがね、殿下。


口から出そうになる言葉を飲み込む。

望めば何でも与えられ、甘やかされきった王太子にかける言葉はない。

下の娘すら、姉の不幸の上に築かれた自分の幸せに疑問を持たない。

下の娘が気にするのは、姉の表情だけ。その立場も何も理解していない。


「ご令嬢をお返し致します、侯爵」


「ありがとうございます、殿下」


私と王太子の間には温かな空気はない。私が気難しい人間だからということもある。

そのような元からないものは、下の娘の社交界デビューの時に完璧に縁がなくなった。

下の娘の尻拭いを喜んでしたいという奇特な人物は多数いるが、この方の在位中は国が荒れることだろう。

今はできるだけ距離を置いて、下の娘が結婚したら跡取り息子に任せて隠居しておくか。




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




国王夫妻と王太子への挨拶も終わり、デボラのところに戻ろうとするが避けられない挨拶が多々ある。


手短に済ませることを心がけながらデボラの様子を横目で確認する。一人でテラスへと出て行く姿に憤りは感じない。

むしろ、よく耐えたほうだと思う。

国王夫妻への目通りもかなわぬほどの悪評。

それを背負い、周囲の噂にも一人で耐えたのだ。

私たちが戻るのが遅くなって、避難場所を求めても仕方のないこと。

適切ではないにしても、必要なことなのだから。


王太子にチラリと目を遣る。伯爵との話が弾んでいて気付いていなさそうだった。


国王夫妻への正式な挨拶は伯爵までの高位貴族しか許されていない。

何故なら、子爵や男爵は貴族とは言っても比較的に新しい爵位だからだ。

街を外敵から守り、治める力を持つと認定されて封じられるのが伯爵位を持つ者の条件である。その麾下にいる存在や、王家直属の部下、高位貴族の爵位継承者などに大盤振る舞いされるようになって生まれたのが子爵や男爵である。


伯爵位までしかなかった時から世も変わったものだ。

あの時代なら、王位も容易に変わった。

王太子だろうが国王だろうが暗殺されることなど日常茶飯事だった。


貴族のほうが王家より力を持っている時代もあった。


しかし、今は王家に権力が集中している。

逆らうどころか、叛意ありと思われる言葉を口にするだけでも危うい。

生きにくくなったものだ。




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




王太子が下の娘を迎えに来るにはまだ時間がかかるのだろうと思っていた。

王太子が一人で会場を横切って行くのが見え、ヒヤリと背筋が寒くなった。


あの方向は・・・


「チェルシー。オーガスタを頼む」


妻の手を解き、下の娘を預けて私もできるだけ急ぐ。


「あなた? ・・・わかりました」


上の娘が姿を消したテラスに王太子の姿もまた消えるのを目にし、悪い予感が当たったのだと苦い思いがした。


早く、上の娘を助け出さなければ。

あの娘に側妃の話があることを聞かせてはいけない。

側妃でもなく、侯爵令嬢でもなく、貴族でなくてもいい。

誰の妻にならなくてもいいから、幸せになって欲しい。


それが今の私と妻の、上の娘への願いだ。

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