王宮夜会 sideデボラ
アレを思い出してはいけません。
アレだけは思い出してはいけないのです。
お願い、アレだけは・・・
私は必死に自分に言い聞かせます。
アレを思い出したら、私は立っていることなどできません。
私は自分の足でここに立っている。誰にも何者にも侵されず、普段と変わらぬ姿を見せる。
それだけが私に残されたプライドだから。
コーネリアス様がオーガスタに恋したことも、コーネリアス様に婚約破棄されたことも、オーガスタにコーネリアス様の婚約者の座を奪われたことも、そのどれも私は傷付いていない。
そのどれも私を傷付けることはできない。
傷付いたりなんかしない。
傷付けさせたりなんかしない。
私はオーガスタにはなれない。
オーガスタのようには振る舞えない。
オーガスタのようには美しくない。
だからと言って、私は傷付けてもいいの?
私なら傷付けてもいいの?
私はマールボロ侯爵令嬢。
マールボロ侯爵の長女。
マールボロ侯爵の上の娘。
高位貴族の令嬢らしく無様な姿は晒してはいけない。
何事にも沈着冷静に対処しなくてはいけない。
婚約破棄されようが、元婚約者が妹と婚約しようが、取り乱してはいけない。
但し、我が家を馬鹿にしたその行為の代償を妹に支払わせなければいけない。
しかし、妹を選んだのはコーネリアス様でした。
妹は私とコーネリアス様の間に入り込む気などありませんでした。
妹は私を傷付ける気などありませんでした。
妹は私を裏切る気などありませんでした。
そして私は、妹に裏切られていないことを知っています。
何故なら、妹は私を愛し、私は妹を愛しているのだから。
私たち姉妹の間に入り込み、亀裂を作ったのはコーネリアス様なのだから。
私たち姉妹を理不尽な苦しみに突き落としたのはコーネリアス様です。
どうして、私を婚約者に選んだのでしょうか?
どうして、私を婚約者に選んでしまったのでしょうか?
レディ・ウィルミナが近い血縁だからと忌避されていなければ、私が婚約者に選ばれることもなかったのに。
レディ・ウィルミナが婚約者に選ばれていれば私たちはこんな苦しみを背負わずに済んだのに。
それなのに何故、今頃になって私にお声をかけたのでしょう?
コーネリアス様は何故、お声をかけたのでしょう?
コーネリアス様は私に何を求めていらっしゃるのでしょう?
妹に優しくしろと仰られても、今はまだ妹に優しくすることはできません。
それ以外のことは私には思い付きません。
私を苦しめるのは、もうやめて頂けないものでしょうか?
私が何をしたというのでしょうか?
私にはマールボロ侯爵令嬢として立場を守るプライドしか残っていません。
それすら、貴方は私から奪いたいのですか、コーネリアス様?




