王宮夜会(回想) sideデボラ
サリーとダンスのおさらいをしたおかげで、私はコーネリアス様を笑顔でお迎えすることができました。
私の白いドレス姿にコーネリアス様は軽く目を見開いて、「綺麗だ。よく似合ってるよ」と仰って下さいました。
ですが、私の目にはコーネリアス様のお姿のほうが綺麗だと思いました。
濃紺に金糸の刺繍が入ったジャストコールに揃いのジレと脚衣。その服装は黒髪のコーネリアス様を思慮深く見せています。
「どこもおかしくありませんか?」
「どうしてそんなことを、デボラ?」
サリーと話していた時と異なり、コーネリアス様の前では自信が揺らいできました。
何故ならサリーはあくまで私の侍女で、侯爵家の人間なのです。身内に甘くなってしまうのも仕方がありません。
完璧な王子であるコーネリアス様の婚約者として認められるには、高位貴族の令嬢として相応しいだけではいけないのだから。ただでさえ私は高位貴族の令嬢としてあるまじきことに取り巻きのご令嬢がおりません。
お茶会などで取り巻きだと思われているのは、皆、妹の取り巻きなのです。
「サリーが心配だと言うものですから、おかしな点でもあるのかと・・・」
言葉を濁らせる私にコーネリアス様は励まして下さるかのように微笑んで下さいました。
「そんな心配はいらないよ。こんな時、婚約者としてデボラをエスコートすることのできる特権があって良かったと思う。今夜の夜会はデボラの為にあると言っても良いくらいだ」
「本当ですか?」
コーネリアス様は灰色の目を眩しそうに細めました。
「ああ。お前を婚約者に選んだあの時の自分を褒めたい。――私以外とは踊るなよ?」
お世辞だとはわかっておりますが、そんなことを仰られると本気にしてしまいます。
コーネリアス様は罪作りな方です。
「ですが・・・お父様とは踊ってもよろしいでしょうか?」
「マールボロ候は仕方がないか。娘の社交界デビューで踊らないというのもおかしいしな。私とマールボロ候以外は駄目だぞ。従兄弟も兄もだ」
その独占欲が嬉しくて、それでいて気恥ずかしくて思わず苦笑してしまいました。
”コーネリアス様はきっとお前を独占したがるぞ”
兄が手紙で書いていた通りです。
「はい」
「ところで兄と言えば、カーティスはどうしたんだ?」
「兄は父の代理で領地におりますわ」
「妹の社交界デビューだというのにか?」
「兄からの手紙によれば、私の社交界デビューの日はコーネリアス様に譲るそうです」
コーネリアス様は溜め息を吐いた後、苦笑なさいました。
「まったく。領地から出たくないだけのくせに、よく言う」
確かに兄は都よりも領地にいることを好んでおります。
高位貴族とのやり取りも苦手だと言っていましたし、そんなところは私と似ています。
でも、実際は次期侯爵として遜色ない対応をしております。
兄は私に気を遣ってくれているのでしょう。
「兄が譲ってくれたのにそんなことを仰らないで下さい」
兄を庇う私にコーネリアス様は目を光らせて仰りました。
「譲って貰う必要はない。私は婚約者で王子なんだぞ?」
「婚約者よりは兄のほうが優先順位がありますわ。それにこんなことに王族の権利を使わないで下さい」
「こんなこと? 婚約者とダンスを楽しむのは重要な事じゃないか」
こんな言葉をかけられて嬉しくない者がいるでしょうか?
私は嬉しさのあまり夢見心地でした。
コーネリアス様からこんな言葉をかけられて私のような状態にならない筈がありません。例え、婚約者がコーネリアス様でなくても、私はその夜、地に足が付かなかったでしょう。
いつ、王宮に向かったのか。
いつ、ダンスをしたのか。
ダンス中、どんな話をしたのか。
何一つ覚えていません。
あんなに心配していたファーストダンスすら、どうだったのか記憶に無いのです。
幸せに胸がいっぱいすぎて私は夢を見ているようでした。
そう。
幸せ過ぎて気付かなかったのです。
その幸せが如何に脆く、儚いものなのかこの時の私は気付いていなかったのです。
無知は罪だと誰かが言ったそうですが、その時の私は知らなかったのです、幸せはいつまでも続かないことを。
幸せは打ち寄せる波のようなもの。幸福の絶頂にいたのなら、波が引くように崩れ去るのみ。
初めての夜の社交でイブニングドレス姿をコーネリアス様にお見せて褒められたその一ヶ月後。
いつものように私と妹がコーネリアス様を訪ねた王宮でお茶を楽しもうとした時。
執務の合間に現れたコーネリアス様は妹から目が離せない様子でした。
それはたった一瞬だったかもしれません。
でも、私にはわかりました。
コーネリアス様は妹に恋をしたのです。
イブニングドレスとは比べ物にならない、慎ましやかな社交界デビュー前の少女が着るデイドレス姿の妹に――




