第一話-6
刺すだけで頭を二つに割れるのではないかと言う程に大きな刃が、そこにはあった。その向こうは、影。
だが、眼が慣れるにつれて、徐々に影は薄らいで。
そして、青年の目は刃の主を――美しい少女を、捉えたのだった。
「聞こえていますか、その人を離しなさいと言っているのです」
呼びかける声。しかし、青年は答えない。
考えていた。廃墟に、見慣れない少女。その手に握られているのは、本人の身の丈ほどに大きな剣。切っ先はピクリともせずに、青年の眉間に向かっている。尋常ではないだろう重さを、御し切っているということだ。
視線も同様だ。刺すような眼差しは、青年から一瞬たりとも離れない。一挙手一投足も見逃さないだろう。
――どうする。
青年は思考する。邪魔が入った以上、出来る事はこれまでだ。中途半端な結果だが、仕方がない。
後は、この場を立ち去るだけだ。だが、このままでは。
「もう一度だけ言います。その人を」
離しなさい、と少女が続けたその瞬間には既に、青年の逡巡は終わっていた。
「チッ‼」
舌打ちをするや否や、持っていた男を適当な方向に投げつけ、同時にそれとは反対方向に走り出す。背後で少女が何やら叫ぶ声が聞こえたが、無視。
廃材置き場を抜けて、見渡す限りの荒野を走る。
逃げ込んだ先はそこにある古い工場跡地。そこは同時に青年の『家』でもあった。
入口の、自分よりはるかに大きな引き戸を開ける。手入れされなくなってからどれだけの時間が経っているのか、錆びた鉄どうしが擦れて大きな音をたてる。
建物の中の一切は闇だった。室内を照らす物はない。強いて言うなら、かつてはガラスがあったのだろう窓の残骸――というか、壁に空いた穴から差し込んでくる月光ぐらいか。
青年が足を進めるたびに、靴の裏でからからと音がする。コンクリートをその小さな破片が擦る音だ。自分の鼻先すら見えない闇の中だというのに、迷わず進んでいく。慣れているのだろう。
何かに当たる事なく建物の奥まで進んだ青年は、そこにあるソファに腰を下ろした。
荷重を受けて、内蔵されているスプリングが軋んだ音をたてる。
天井――今は闇しか見えないが――を見上げ、一息ついたその瞬間。
工場内に、轟音が響き渡った。最初に遠くで大きな音がして、続いてそれよりも小さな音が何回か続きながら近づいて来て、そして最後にもう一度大きな音が、今度はすぐ近くでした。
最初に音が聞こえた方へ、顔を向ける。黒い闇の中に白い正方形がぽっかりと浮かんでいた。
光だ。外から差し込む光が玄関の四角い形に切り取られて、それでそう見えているのだ。
あそこには本来扉があった筈だ。恐らくさっきの轟音は、吹き飛ばされた扉が転がってくる音だったのだろう。他人事のように、青年はそう考えた。
「逃がしは、しません、よ」
合間合間をぜいぜいという雑音でとぎらせながらの声。白い正方形からだ。