表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

第一話-2

 少女は尚も、青年に呼びかける。『その人』とは、青年の左手側にいる人のことだ。


 つまり、青年の左手に襟首を掴まれ吊り上げられて、爪先が少し浮いているにもかかわらず、ぐったりとして動きを見せない男のことだ。

 顔面は血だらけ、鼻の穴も口もかぴかぴにひび割れていて、機能を果たしているのかは読み取れない。


 少女の呼びかけを、青年はしかし無視する。離す訳にはいかない理由がある。だが、このままではまずいのもまた事実だ。

 男が手の中にある限り少女の刃は届かないだろう。ただし少しでも動けばそこに隙が生まれる事になる。そうなった瞬間に刃がその隙をつくだろう。

 だから、青年の方も動けない、何もできない。

 つまりは、こう着状態と言う訳だ。

 「……」


 何故、こうなったのだったか。刃を注視したまま、青年は考える。


 ――時を遡る事、二時間前。

 

 空の九割ほどは紺色に染められつつあったが、しかし地平線の上には夕焼けがまだ未練がましく残っている。

 町はずれの廃材置き場に、一人の男がいた。

 ごつごつとした廃材のその上を歩いている蟻を見ながら、男は懐から出した安い煙草を一本咥え、続いてポケットからライターを取り出し、口元に近づけ、擦った。が、なかなか火がつかない。

何度も何度も擦る。火花は散るが、しかし火は付かない。

 舌打ちをひとつ。風の強いせいもあるのだろうが、それにしても苛つく。結局火がついたのは十回近く擦ってからだった。

 だが、それほど手間をかけた甲斐あって、煙草は旨かった。吹かす度に自覚できる程、気持ちが落ち着いてゆく。

 

 吐きだした煙が空に溶けて消えてゆくのを見て居ると、思わず時間を忘れた。

 

 ――だから、気づけなかったのだろう。いつの間にか、青年がすぐ近くに立っていたことに。


 その姿を捉えた瞬間、情けないことに、男は悲鳴を上げていた。慌てて飛びのき、距離を取る。一歩踏み出せば手で触れられる程の距離に、青年の姿があった。気づかなかった。何故か、気づけなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ