第一話
夜である。月は天高くにある。街中では照明によって薄められてしまう星明りも、郊外では存分にその存在を主張している。
そんな満点の星明りの下で、青年の目はただ一点を、ぶれることなく見つめていた。切っ先だ。己に向いている剣の切っ先を、ひたと見つめ続けているのだ。
町外れの廃材置き場。天から降り注ぐ白々とした光によって、折れ曲がり錆びつき変色したもの達がその姿を顕にされている。
青年と、剣を突き付けている者の二人を除いて、そこに生物の気配は無い。いや、その二人も全く動かないから。皆無と言っていいだろう。まるで絵の世界の様だ。
青年は切っ先から目を離そうとしない。ひたとも動かない。
恐怖からではない。青年の顔に、そんな感情は少しも見当たらない。というよりも、感情自体が見当たらない。恐怖であるとか、怒りであるとか、戸惑いであるとか、そんなものは一切ない。まるで無関心、虚空を見つめているかのようだ。
「その人を下ろしなさい‼」
冴え冴えとしたその切っ先に負けず劣らず鋭い声。女の声だ。青年は視線を切っ先からその根元へと移していく。少し下れば、降り注ぐ光が凝り固まったような刀身があって、さらに下れば艶やかな黒い革で出来た握りが二つ、柄についていて――
そこを、骨が透けて見えているのではないかと言う程に白い左手が握っていた。それだけで、だ。片手一本、一本だけで剣の重さ全てを御し切っていた。
いや、驚くべきところはそこだけではない。まだある。青年の目はさらに動く。白い手から、しわ一つないシャツに包まれている二の腕へ。さらに、二の腕から柔らかそうな素材で出来ている黒い袖なしセーターに覆われている肩へ。
そして、その先へ。
そこへ至った瞬間、青年の目はやや見開かれた。視線が行き着いたのは、顔。美しい顔が、そこにはあった。大きな目、長い睫、赤い唇。街中ですれ違っていれば多少目で追いかけるようなこともしたかもしれない。残念ながらそのような出会い方は出来なかった訳だが。
「聞こえていますか、その人を離しなさいと言っているのです」