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ロープ

作者: 鳴指 十流

 彼は俗にいうデブだった。

 今までろくに就職もせず、フリーターをして生活をつないでいた。といっても決して楽ではなく、毎日の楽しみといえば寝ること以外になかった。そんな彼には恋人などできるはずもなく、毎日いつ死のうかと考える程だった。


 ある日彼は丘の上に来ていた。ひと気はなく、一本の大きな木がはえているだけである。彼は持ってきた鞄からロープを取り出した。太いロープだ。彼は、今日この丘で自殺をしようと考えていたのであった。

 家でしようとも考えたのだが、あいにくロープをかけられそうなところもなく、六畳一間の狭い部屋が一つだけだったのでドアのノブにロープをかけて首を吊るなんてことはできなかった。結局、人のいないこの丘で首を吊って死ぬことにした。

 彼は早速、ロープを結ぶ枝をさがし始めた。できるだけ太い枝がいい。彼の体重がかかっても折れてしまわないような枝だ。

 彼はこの条件に該当する枝を見つけると、その先端にロープをきつく結んだ。万が一、ロープが取れてしまうようなことも考えられる。そのためにきつく結んだ。ロープのもう一方の端に輪っかを作った。これもまたきつく結んだ。

 枝にロープを結び終え、輪っかを作ると、あとはいよいよこの輪っかに首を通して死ぬだけだった。彼はいささか緊張していた。しかし、自殺を躊躇うだとかそんな感情ははたらかなかった。さて、死のう、とロープの輪っかに首を入れる。とその時、彼は自分の犯した失敗に気がついた。

 ロープの輪っかに首が入らない。

 これでは死ねなかった。ロープをもう一度結び直そうにも、きつく結んだため外せない。とんでもない失敗をしたもんだ、と彼は思った。そしてその場にへたり込んだ。自分が情けなく思えてならなかった。こんな初歩的なことにまで失敗するなんて。彼はロープが結んである枝を見上げた。まるで太い腕のようなその枝の先に、青空が広がっている。鳥が鳴いていた。どこにいるんだろう。彼は鳥の姿を目で探した。しかし、見当たらなかった。ため息をついて、彼はまた空を見上げた。青い空に白い雲。そこまでは変わらなかった。ただ、彼の視線の先には、一本の太いロープがあった。はじめは幻覚かと思ったが、何回か目を擦った後で、これが幻覚ではないと思うようになった。ロープの先を辿っていくと、青空に浮かぶ白い雲にまで到達している。そこから、ロープが下がっているのだった。

 彼はそのロープに手を伸ばした。ロープの先端は、彼の身長よりも少し高い位置にあった。手を伸ばし、掴む。引っ張ると、するするとロープが下がった。太くて、丈夫そうなロープだった。彼にとって、これは好都合だった。何だかよく分からないけれど、ロープがあるのだ。

 ここで、普通の人間ならロープが空から下がってくるなんて不思議に思うことだろう。しかし、彼は違うのだ。死にたいのだった。彼は、これを利用しない手はないと考えた。ロープの先端に輪っかを作り、そこに頭を入れた。今度はすんなりと入った。丘の地面を蹴る。彼の体が宙に浮き、それと同時に彼の首に百キロ以上の負担がかかる。あまり細かい描写はしない。彼は宙に浮いた状態でもがきながら、絶命した。ロープが揺れていた。しかし、やがてその揺れも止まり、何と不思議なことに彼の体は空の上へと引っ張られていった。



「おお、釣れた。釣れた」

 雲の上に座っていた男は、手に竿のようなものを持っていて、たった今釣り上げたばかりのデブ男を満足そうに眺めていた。

「おーい、釣れたぞー。結構な大物だ。早く来ーい」

 男がそう叫ぶと、それを聞いた男の妻と子供が走ってきた。

 釣れたばかりのデブを見て二人は口々に、

「まあ、すごい」

「わーい。大物だー。わーい」

 と叫んだ。男はそれを見て破顔する。

「どうだ。すごいだろう。今夜は豪華な夕食になりそうだな。お前、料理は頼んだぞ」

「はい。腕によりをかけて作りますわ」

 と、妻は床に置いてあるデブを軽々と持ち上げ、厨房へと消えていった。

 残された男と子供は、それを見届けると、子供はおもちゃで遊び、男は釣竿の手入れをし、とそれぞれのやりたいことをやり始めた。

 奥の厨房から、妻がデブを料理する音が聞こえてきた。


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