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 あなたが、愛してくれたから  作者: 淡夏(Repro)
6/7

6.エレン

6.


目が覚めた。覚めている、はずだった。

見慣れた部屋が歪む。頭が、割れるように痛い。

時間感覚はとうにイカれていて、どれくらいの間動けないでいたのかは分からない。

間延びした気だるい時間、無理矢理にでも目を開けていれば、それなりに慣れは生じる。頭痛は止まないが、何とか、視界は正常に戻り初めていた。

「エレ……ン……」

名前を呼ぶ。返事は、ない。

「……エレン、エレン」

繰り返し、繰り返し、呼ぶ。

「……無理は、しないで欲しいんだけどね」

声が聞こえた。姿は、見えないが。

「ごめんね、ちょっと今は姿を見せられないの」

「ちゃんと、いる……んだな?」

うん、という返事が聞こえ、ひとまずは安心した。だが、姿を見せられないとはどういうことだろうか。

「姿を見せられない、ってどうして」

「あなたの脳に、限界がきているから」

 エレンの声には、申し訳なさが滲み出ていた。

「やっぱり、無理なんだよ。私が、あなたの中に居続けるのは。だから、もう……」

「でも、ここから出ていったら、もう会えるかは分からないんだろ!」

 エレンが私と会えたのは、会社にサーバーに偶然迷い込んだからだ。彼女は行き先を、完全に自分の意思で選ぶことはできない。一度広大なネットの海にのり出せば、後は流れに流されどこかのサーバーへ。基本的に、元の場所に戻ることは叶わない。

 会社のサーバーに戻ることくらいなら可能らしいが、戻ったところで中沢に消されるだけ。

 だから――私の脳を出て行くのなら、私達はきっと、二度と会えなくなる。

「え、エレンは……」

 どうしようもなく、震える声で。

「俺と、一緒にいたくは、ないのか……?」

 ――俺が、好きじゃないのか?

 みっともなく、そんないまさらなことを聞いた。

 怖くなったのだ、エレンに見捨てられるのが。自分が、エレンに愛されてはいないかもしれないことが。

 息を呑むような気配がした。

 そして、沈黙。

 そんなに時間は経っていなかったのだろうが、それでも、私の心を凍えさせるには、充分な時間だった。

「私は……」

 エレンの声にびくりと、身体が、心が反応した。不安が、押し寄せた。

 しかし。

「私も、大好きだよ」

 私の不安を溶かすように、ひどく優しい声で。

「だって、言ってるでしょ。あなたが愛してくれているから、私はここにいるんだ、って。だから、私も」

 ――あなたを愛している。

 と、満ち足りたように答えてくれた。

 その言葉は純粋に、嬉しかった。それだけで、私は私という存在を、認められるようになる程に。

 だからこそ、何故という疑問が浮かぶ。

「それなら、それなら、何で……」

 ――俺と、居てくれない。

 好きなら、愛していると言うのなら、ずっと一緒に居てくれても、良いではないか。

 私の気持ちは、嫌という程伝わっているだろうに、エレンは、真っ直ぐに私に語りかける。

「好きだから、愛しているから、こそだよ。私といることで、あなたは壊れてしまう。ただ、それが嫌なんだ」

「壊れるって、俺は、壊れてなんか。脳の話をしてるなら、きっといくらでも方法はあるはずだ」

 見えてはいないが、エレンが首を振るのが分かった。

「壊れてるんだよ、今のあなたは。脳に負担がかかっているから、だけじゃなく。別にね、あなたの身を案じているから、言っているんじゃないの。私はね、壊れてないあなたに、愛されたかった。ちゃんとあなたに、見て欲しかった」

 その言葉に、どう返せば良かったのだろうか。

 私は本当に、彼女を愛していた。

 彼女無しでは、生きていけない程に。

 けれど、それは、自分勝手で、独りよがりなもの、だったのではないだろうか。

「俺は、俺は……」

 声は、言葉には成らずにぱらぱらと落ちていく。溢れた気持ちは行き場を失くし、膿となって溜まっていくようだった。

 ただただ絶望に暮れる私を、不意に暖かさが包み込んだ。

「あなたのせい、ってわけじゃない。あなたの言うことに身を委ねた私にも、責はある。私だってあなたとの時間は心地良かったの。ただ、私達はもっと話し合うべきだった。お互いに自立した存在として、向き合うべきだったんじゃないかな」

 二人共、相手に依りかかり過ぎた。

相手に、自分の存在を委ね過ぎた。

だから、どちらかが駄目になれば、共倒れになってしまう。

つがいになるのなら、依存ではなく、共存でなくてはならなかった。そうでないと、相手を守ることだってできないのだから。

私は、そのことに気付かず、自分が助かることばかりを考えてしまっていた。彼女はずっと、気付いていたというのに。

「勝手なことばっかり言って、ごめんね。でも、たぶんこれ以上は限界なんだ」

 そうして、エレンは、言った。

――バイバイ。元気でね。

身体を包んでいた温もりが、少しずつ消えていく。

「……エレン?」

 呼び掛けに、返ってくる声は、無かった。


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