第二章 第二話
2.7月の街
すでに真夏の様相を呈している太陽の光が街をじりじりと照りつけている。
まだ7月も始まったばかりだというのに、夏日は当然のこと、真夏日にも温度計の水銀柱が届きそうな気配である。
その日もそんな暑い日だった。
容赦なく照りつける太陽の光でアスファルトに陽炎すら立っている街の中を、一組の男女が歩いている。
一方は長い黒髪をリボンで束ねた、真っ白なブラウスとロングスカートの文句なしの美少女。
もう一方はクリーム色のYシャツと黒のスリムジーンズに身を包んだ、少女にとてもよく似た美少年だった。
少女の名前は藤宮琴音といい、少年の名前は皐月風雅という。
二人は実の従兄弟同士であり、通称“メンバー”という『8人のミステリ好きの集まり』の一員だった。今日は新宿まで買い物に出かけてきていたところだった。
「もぅ、何でこんなに暑いんだろ。ねぇ、琴姉」
この暑さに参ったのか、不満そうに風雅が口をとがらせる。15歳という年齢よりは、その容姿と仕草のために余計に幼く見える。
「夏だからでしょ。私にそんなこと言われても困るわ、風雅」
ぐったりとした風雅とは対照的に涼しげな表情の琴音。
その白く肌理の細やかな肌には汗一つ浮いていない。
「だってぇ~」
「でも、今年は本当に暑いわね・・・」
2人は、なんとはなしに立ち止まって、まぶしそうに目を細めながら空を見上げる。陽は高く、光は容赦なく街に降り注いでいる。
「・・・冷たい物でも食べて行こっか、風雅」
「さんせ~♪」
2人はどちらともなく顔を見合わせると、ぷっと吹き出してしまう。
ちょうど前方に喫茶店があったので、2人はとりあえずという感じでその店に入った。カランカランとカウベルが澄んだ音を立てる。店の中には他に客はいないようだ。
「涼し~。天国~」
窓から離れた、奥まった席に座ると、ウェイトレスの女性が氷水の入ったコップ2つとメニューを持ってやってくる。2人はしばしメニューを見た後、チョコレートパフェを2つ注文し、氷水に口をつける。コップの中の氷がカランと涼しげな音を立てた。
「なんだか気味が悪いくらいの数ね」
店内に所狭しと飾られたたくさんの人形たちを見て呟く。
琴音の言葉通り、店内には驚くほどの数の西洋人形が飾られている。
店主の趣味なのだろうか。だとしたら相当なコレクションと言えた。中にはかなりの値打ち物も数多く見受けられる。
「・・・西洋人形に興味がおありですか?」
チョコレートパフェを運んできたウェイトレスが、きょろきょろと店内を見回す二人に声をかけてくる。
「え・・・。いえ、あの、そう言うわけでは・・・」
突然声をかけられたので、琴音は慌てて人形たちから目をそらしてしまった。
なぜか咎められているような気がして・・・。
「そうですか」
興味を無くしたように、ウェイトレスはさっさと立ち去ってしまった。
「なんだか涼しすぎるくらいだね」
パフェを一口すくって口に運び、首をすくめるようにして言う風雅。
「そう?でも、暑いよりはいいんじゃないかしら」
「うん・・・」
風雅は小さく目を動かすと人形たちを見る。たくさんの人形たちは、微動だにすることなくただそこに佇み尽くしている。その無表情の中に存在する2つの瞳。鈍い、意志の光の宿ることのないガラス玉の瞳が風雅を見つめ返す。
『彼らも、物言わぬ人形たちも暑さを感じるんだろうか。何かを考えることがあるんだろうか』
とりとめもない考えが風雅の思考を支配する。
「・・・雅。風雅?」
耳に入り込んできた琴音の声が、風雅を現実世界に呼び戻す。
「どうしたの、ぼーっとして。なんだか顔色悪いわよ」
不安そうな表情で琴音が顔をのぞき込む。
「何か・・・気持ち悪い・・・」
「本当?もう帰ろうか?」
「うん・・・」
二人は半分もパフェを食べないうちに席を立つ。『ありがとうございました』という店員の声を聞き流しながら、ドアをくぐろうとしたその時、
『・・・殺して』
「え?」
不意に耳に飛び込んできた言葉に、風雅がふと足を止める。また何か聞こえやしないかと耳をそばだてる風雅。
『殺して』
確かにその声は言っていた。
誰を殺せばいいのだろう。どうやって殺せばいいのだろう。
不安とともに浮かび上がる物騒な考え。
「どうしたの、風雅。急に立ち止まって」
怪訝そうな表情で琴音が見ている。どうやら琴音には先ほどの声は聞こえていないようだ。もし聞こえていたならこんな反応をするわけがない。
「ううん、何でもないよ・・・」
風雅はちらりと後ろを振り返ると、動揺を何とか押し殺して暑い街へと歩き始めた。
人形たちの虚ろな瞳が二人の後ろ姿をじっと見つめている・・・。