第一章 第三話
3.白い部屋で
“合宿”の出発予定日まで後一週間と迫った七月のある暑い日。
“メンバー”の一人である石神佳月の部屋、通称『白い部屋』には五人の男女が顔をそろえていた。
『白い部屋』と言っても、実際には絵の具にあるような純白ではなくて、乳白色、言ってみればクリーム色で調度が統一されている。どちらかというと『黒い部屋』『緑の部屋』になぞらえて呼ばれているだけという感もある。
「で、西都。どこに行くかは決まったのか?」
「ん、まあね。結局郷里の山形にしたよ。この前は佳月のとこだったしな。山ん中だけど、 空気はいいし温泉もあるし。いいところだぜ」
部屋の主、石神佳月の質問に西都が答える。
西都蒼。F大工学科(専攻は物理学)二年の二十一歳。
目元涼しく、茶髪の『いかにも遊んでます』系の容姿は、キャンパスでも人気が高い。“メンバー”のリーダー格、緒方冬馬とは同郷の幼なじみで、本格物、特にクィーンを愛するミステリマニアだ。
「えー、温泉があるんだ。楽しみだな」
「なに年寄りじみたこと言ってるんだよ、彩香」
手をパチパチと叩いて喜ぶ彩香を冬馬がからかう。
「なによー、別にいいじゃないのよ」
ぷぅとほっぺたを膨らませ、唇をとがらせる彩香。こんな表情をすると、突然十歳も年下の子どものように見えるから不思議だ。
「いやいや、温泉はいいですよ。日本文化の極みですな」
取りなしているつもりなのだろうか、よくわからないことを言いながら一人頷く小太りの男。
彼の名前は神南智博。
N大医学部三年の二十一歳、男。身長168cmと小柄で、やや太り気味。黒縁眼鏡の妙によく似合う、世間一般で言うところの『オタク』青年である。『オタク』なだけに、その知識は深く多岐にわたっており、一種知恵袋的な存在でもある。
「ところで冬馬。『未完の大作』は進んでるのか」
佳月が傍らの冬馬を見て言う。
すると冬馬はばつの悪そうな顔をして収まりの悪い髪をくしゃくしゃとかきまわす。
「何だ、全然進んでないのか?」
「いや、結構進んでるんだが、見せ場のアイデアが思い浮かばなくてな」
「おや、一体何の話ですかな?」
智博がわけがわからないといった風な表情で佳月と冬馬を交互に見やる。
それを受けて彩香が、冬馬が推理小説を書いていること、そしてそれを“合宿”のネタにする予定であることをペラペラと話して聞かせる。
「ほほう。それはそれは。なかなか面白い趣向じゃないですか。我々“メンバー”に相応 しい企画ですな」
「もちろんミステリなんだろうな、冬馬」
西都が新しいタバコに火をつける。先ほどまで吸っていたタバコは、まだ半分ほどでくしゃくしゃにもみ消されている。なかなかのチェーン・スモーカーぶりである。
「うーん、一応そういうことにはなってるんだが、オレのことだからどうなる事やら」
「情けないこと言わないでよねー。結構楽しみにしてるんだから」
「あんまり期待するなよ、プレッシャーだから」
「お前がプレッシャーなんか気にするタマかよ」
苦笑する冬馬を、西都が思いっきり小突く。なかなか痛そうだ。そのあたりが幼なじみの気安さなのかもしれない。
「実際のところ、どんな話にする予定なんですかな」
「そいつは読んでのお楽しみだぜ、智博。ただ、“本格物”とはいえないかな」
それを聞いて、“本格物”ファンを自認する西都が小さく舌打ちする。
「まぁまぁ西都さん。ちょっとぐらいいーでしょ?」
「ふん・・・。まぁ、『黒魔術師』のお手並み拝見と行くか」
仕方がないから我慢してやるとでも言いたそうな表情で鼻を鳴らす。
「前に序章だけ見たときはホラーっぽい感じだったから、そんな雰囲気で進むのかな?」
彩香が小首を傾げる。
「秘密秘密。さっきも言ったろ、読んでのお楽しみだって」
冬馬が笑って彩香の問いをはぐらかす。
「ケチー」
「ははっ。まぁ、実名小説だって事だけは教えといてやるか」
『実名小説ぅ?』
冬馬をのぞいた四人の台詞が見事にそろう。
「ああ。誰が最初の犠牲者かは秘密だがな」
物騒な台詞をニヤリと笑いながら言う。
そして一言。
「今日のこの会話も小説の中で使うかもよ」