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Misty ~霧の牢獄~  作者: 葉月風都
第一章 『虚構もしくは現実』
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第一章 第二話

2.緑の部屋で


「ごめんなさいね、姫香。手伝わせちゃって」


「いいのよ、琴音。こういう時はお互い様でしょう」


 部屋の中央に置かれた1m四方のテーブルの上には、様々な資料とおぼしきレポート用紙とコピーの束が散乱していた。

 無理矢理に二台のノートパソコンの置かれたそのテーブルを挟んで、二人の若い女性がなにやら作業をしている。


 調度類のほぼすべてが濃淡の違いこそあれ、緑色で統一されているこの部屋は、“メンバー”の一人、藤宮琴音(ふじのみやことね)の部屋、通称『緑の部屋』である。

 部屋の主である琴音の今日の服装も、淡い緑色で統一されていた。


「レポートの締め切り、三日後なんでしょ」


「そうなのよ~。何とかして間に合わせないと補習が待っているのよ~(泣)」


 情けない声の琴音。


「はいはい。この姫香さんに任せなさいって」


 綺麗なアルトの声。

 ちなみに琴音はメゾソプラノだ。


 藤宮琴音。K大国文科(専攻は日本文学)一年の十九歳。

 ベリーロングの艶やかな黒髪に白い肌の典型的美少女で、風雅の従兄弟。

 二人は、血の繋がりがあるせいか容姿もそっくりで、まるで実の姉弟のようだ。

 綾辻行人氏から始まる“新本格”ムーブメントの作品を好むが、どんな作品でも読む雑食性。


 斎姫香(いつきひめか)

 K大国文科(専攻は日本文学)一年の十九歳。

 都内で古くから貿易商を営む名家のご令嬢で、琴音とは中学時代からの親友。現在も同じK大学で同じ学科、しかも専攻まで一緒という親密さだ。

 西欧系の血が混じっているらしく、目鼻立ちのくっきりとした美人である。


「ううう、持つべきものは親友よね~」


 手を握りあわせてうるうると瞳を潤ませる真似の琴音。


 とその時、部屋の扉が開いて、大量のファーストフードの紙袋を抱えた琴音によく似た少年、風雅がいかにも少年らしい(?)格好でやってきた。

 小柄な風雅は、まるで紙袋に覆われてしまっているように見える。


「琴姉~、差し入れだよ~」

「ちょっと風雅、なんて格好してるの!?」


 などと琴音が慌てたような声を出す。

 風雅はと言えば、スパッツに半ズボン、ぶかぶかのTシャツを羽織り、頭にはキャップ。

 ぶかぶかのTシャツは、今にも肩からずり落ちそうだ。


「いいじゃない、琴音。可愛いじゃないの」


 にっこりと目を細める姫香。


「あれぇ、姫香さん来てたんだ」


「ええ。風雅君、元気かしら。夏バテしてない?」


「もち、元気だよ~。姫香さんはぁ?」


 天使の微笑み。姫香の大好きな笑顔。


「もちろん元気よ」


「と、とりあえずいいところに来たわ、風雅も手伝いなさい」


 ビシッと風雅の顔を指さす琴音。


「ええ!?何でボクが・・・」


「いいから!黙って手伝う!!」


「はぁ~い」


 しょうがないという風な諦めの表情で風雅がテーブルの横にちょこんと座る。


「タイミング悪かったわね、風雅君。せっかく差し入れしてくれたのに」


「ホントだよぅ。こんなことなら来るんじゃなかった」


「ごちゃごちゃ言わないの、風雅。お姉さんのピンチなんだから」


 ジロリと琴音が睨み付ける。せっかくの美人が台無しであるだ。

 その可憐すぎる外見とは裏腹に、なかなかはっきりした性格なのだ。


「う~。・・・でも、姫香さんもヒマだね、お嬢様なのに」


「お嬢様なのと暇とは関係ないでしょ。それに、わたしはもう全部提出してるから」


 苦笑する姫香。


「さすが姫香さ・・・」


 琴音の剣呑な視線に気づいて、慌ててとるものもとりあえずなにやら作業を始める。

 とりあえず資料を系統立ててまとめるところからだ。


 しばらくの間黙々と作業が進められた。パソコンのキーをたたく音と、資料をめくる紙のこすれる音、そしてエアコンの作動音だけが聞こえている。


「ねぇ、姫香さんもくるんだよねぇ?」


「な、なに風雅君、唐突に」


 突然発せられた質問に姫香が目を白黒させる。

 それでもなお手の動きを止めないところが二人とも面白い。


「いきなり『くるんだよねぇ?』って言われたって何のことだかわからないでしょう」


「ごめんなさい。だからね、夏休みの“合宿”だよ。西都さんがね、今、泊まるトコ探してるやつ」


「ああそれ。もちろん行くわよ。今回もたっくさんお話しようね」


 前回の春の“合宿”は、三泊四日の日程で、石神佳月の実家のある古都鎌倉へと旅行したのだが、各自の平均睡眠時間が三時間を切るというなかなかの強行軍だった。

 その日程の中で観光をし、夜はミステリ談義に花を咲かせてきたのだ。

 まぁ、観光は二の次で、主目的は真夜中のミステリ談義なのかもしれないが。


 余談だが、鎌倉の名刹である明月院(別名紫陽花寺)の開祖は『密室』さんというらしい。“メンバー”が喜んだのは言うまでもないだろう。


「また寝不足になっちゃうね。姫香さん、話し出すと止まらないんだもん」


「あら、人のこといえるわけ?」


 二人は顔を見合わせて笑う。


「楽しそうにお話のところ悪いんですが」


 背後に網掛けをしょって、琴音が笑う二人をジト目で見る。二人はその視線に怯えたように寄り添って手を握り逢う。

 顔は笑っていたけれど。


「私が“合宿”に行けるかどうかはこのレポートにかかってるんですからね!」


「や、やだなぁ、琴姉。そんな顔して睨まないでよ~」


 琴音の勢いに押されたように風雅が後ずさる。


「さ、さぁ、風雅君。マジメにやりましょう、マジメにね・・・」


 そそくさと仕事を再開する姫香と風雅。

 その様子を見て、琴音は満足げに頷くと、自分もまたキーボードを叩き始めた。


 “合宿”出発予定日まで後二週間。


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