終章 その1
終章 ~結末に代わる3つの光景~
1.暗闇の中で
カタカタカタカタ・・・。
ディスプレイの光る微かな明かりの中でキーボードを叩く音だけが聞こえている。
ベッドに腰掛けて、サイドテーブルに置いたノートパソコンに覆い被さるようにしてものすごいスピードでキーを叩く男。
冬馬は、自室に引きこもるとドアの鍵をしっかりとロックし、ソファーやテーブルで即席のバリケードを作った。
自分を操るものから自分の身を守るために。
即席のバリケードを作り終えると、ノートパソコンを立ち上げ、ワープロソフトを起動して『Misty』とファイルネームをつけた文書を呼び出す。マウスを操作し、まだ何も書かれていない最終章へポイントし、急いで続きを書き始める。
「落ち着け、落ち着け・・・」
気が焦ってタイプミスばかりでなかなか進まないが、そのうちにタイピングに集中し始めるとどんどんと画面が文字で埋まっていく。
この『小説』の真相ではない、悪夢のような『現実』の真相で。
明かされた真実。
恐ろしい提案になぜか同意してしまった2人。
2人によって行われたいくつかの凶行と、それを唆したあの娘の言葉・・・。逆らうこともできずに、ただただ犯行を重ねてしまっただけのこのくだらない殺人劇のくだらない真実。
「早く、早く書き終えて外部メモリに・・・」
切り札として、そう、自分が助かるための切り札として準備しておくのだ。
きっとあの娘は俺も西都も殺す気だ。
わかっているのになぜあんな事をしてしまったんだ。
だから、せめてこれだけでも書いて置かなくては。
西都には悪いが、この際しょうがない。
誰だって自分が可愛いんだ・・・。
そんな自己正当化を繰り返しながら一心不乱にキーを打ち続ける冬馬。彼にとって不幸だったのは、助からんとして始めたその行為に没頭したことだった。
冬馬の左斜め後方に位置していた大きな姿見が音もなく僅かに回転したかと思うと、そこから細い管が伸びてきて何かを吐き出し始めた。
「なんだ・・・急に眠く・・・」
タイピングに夢中になっていた冬馬は、突然襲いかかってきた眠気に抗いきれなくなりつつあった。
まるで睡眠薬でも飲まされたような強烈な眠気。
「ま、まさか・・・」
どうやって部屋の中に・・・。
ちゃんとバリケードだって作ったじゃないか・・・。
朦朧とした意識の中でそんなことを考えながら最後の力を振り絞って首だけで振り返ると、今まさに姿見が回転して何者かがそこから姿を現すところであった。
「(そういうことか・・・。はなからそういうつもりだったって事かよ・・・)」
ぐったりとパソコンに覆い被さるようにして倒れ込む冬馬。
風雅はガスを吸い込まないように何度か折り畳んだハンカチで鼻と口を覆って冬馬に近づき、パソコンのディスプレイをのぞき込む。
「油断も隙もないな、冬馬さんは。こんなものを・・・」
すっとハンカチを持っていない右手を伸ばすとマウスを持つ。
その手には黒い薄手の手袋がはめられていた。
風雅は保存先のフォルダを確かめると、一度ワープロソフトを閉じる。
ポケットからUSBメモリを取り出すと、フォルダごとメモリにコピーする。それからファイル管理ソフトを立ち上げて、デジタルシュレッダーソフトを起動し、フォルダごと完全に消去しておく。
その後、懐から智博の胸に刺さっていた物と同じアイスピックを取り出すと、倒れ込んでいる冬馬の背中から心臓めがけて一息に突き立てる。鋭いアイスピックは冬馬の身体に易々と突き刺さった。びくんと身体が震える。
冬馬が絶命したのを確認すると、面白いことを思いついたような顔をしてもう一度ワープロソフトを立ち上げる。マウスを操作して入力モードをカナ入力に切り替え、6つのキーをタイプする。
『のちしなのに』
画面に表示されたその文字を見て満足げに頷くと、姿見のところまで歩いていき、床に転がっていた灰皿を勢いよく姿見に向かって投げつける。派手な音がして鏡が粉々に砕け散ったのを確認すると、壁を回転させて中へと消えていく。
カチリと鍵をかけるような音が小さく部屋の中に響いた。
後には冷たくなっていく冬馬の躯が1つ残るだけ・・・。




