第五章 第四話
4.最後の1人
西都さんの驚いた声がする。
それから人の倒れる音がして、呻き声が続く。
そして沈黙。
視界を奪われ、タオルか何かで手足を縛り上げられて身体も思うように動かせない。頼れるのは耳から聞こえてくる音だけだというのに、さっきから聞こえてくるのはわけのわからない、それでいてなにやら恐ろしげな会話だけ。
一体何が起こっているのだろう。
西都さんと琴音、それから風雅らしい声が聞こえているけれど、全く様子が分からずに私はただ震えているだけ。そんな時、耳に風雅の声が飛び込んできた。
「お待たせ、姫香さん」
いつもの無邪気な様子の風雅の声。
「といっても、体も動かせないし喋れないんじゃ何もできないよね。聞いて聞いて。やっとあと1人になったんだよ」
『あと1人?一体何のこと?』
わけのわからない風雅の台詞に、ただ戸惑うばかり。
それに、何で私は体の自由を奪われているんだろう。さっぱりわからない。
確か風雅君と琴音が部屋に訪ねてきて、それから・・・。
「くすくす。ダイイングメッセージの話をしたらあっさり引っかかっちゃうんだもんなぁ。ダメだよ、姫香さん。もっと注意しなきゃ」
生意気な、たしなめるような風雅の口調。
どくんと大きく心臓が鼓動を打つ。そうだ、2人を部屋に入れてから、それから・・・!
『まさか、あと1人って・・・!?』
さあっと全身から血の気が引いていくのが自分でもわかる。
確かめるまでもない、間違いなく私のことだ!
「姫香さんは助けてあげたいんだけど、ごめんね。悲劇仕立てにしておかないとあとあと面白みがないから。ゆっくり殺してあげるね、助けがくる直前ぐらいまでじわじわと」
くすくすという笑い声が聞こえる。
本気だ、風雅君は本気で私を殺す気だ。
助けを請おうにもくぐもったうめき声が漏れるばかりでどうにもならない。
「何にもわからないまま殺されたらイヤでしょう? せっかくだから謎解きだけしてあげるね。まずは彩香さん殺しから」
心底嬉しそうな様子だ。何がそんなに嬉しいのだろう。
おかしい、こんなのはわたしの知ってる風雅君じゃない。
「あれは冬馬さんね。別に冬馬さんと西都さんだけ殺せばホントは良かったんだけど、せっかくだからお供をつけてあげようと思って。それに、彩香さんボクのこと狙ってたからね。知ってた? 彩香さんってショタコンなんだよ」
くすくすと笑う風雅。
「ああ、話がそれちゃったね。で、夜中にボクと冬馬さんとでこっそり訪ねていって油断させておいて後ろからキュッと・・・ね。苦しいんだってね、絞殺って。死に顔見たら気持ち悪くなっちゃいそうだったよ。鏡を割ったのも冬馬さんだよ。佳月さんのおかげで睡眠薬入りの紅茶もごちそうできたし。ちなみにそれはボク」
くくっとのどを鳴らす風雅。
「次は智博さんだね。ガスを撒いてくれたのは琴姉で、殺したのは西都さんだよ。さすがに意識を失ってる人間を殺すのは簡単だね。問題は、何で智博さんを2番目に殺したかってこと。ちなみに理由なんて無いからね。しいて言えば、一番何の意味もないからかな?」
きゃははと無邪気で残酷な笑い声。
こんな笑い方は知らない。
「で、次が冬馬さん。わざわざバリケードまで作って裏切ってくれちゃって。結局皆殺しにするつもりなのに感づかれちゃったみたい。まぁ、大した問題じゃなかったんだけど。そんなときのための“抜け道”だからね」
足跡が少し遠ざかっていくと、何かの擦れる音が聞こえてくる。
と、目隠しがはずされて視界が開ける。ぼんやりとする目を何度かしばたかせると、ようやくはっきりと像が結ばれる。
それは壁にぽっかりと空いた四角い黒い穴だった。
姿見の部分がくるりと回転してそれが現れるらしく、今は真横を向いている。
「ほら、冬馬さんの部屋ってボクらの部屋の真下でしょ。こっそり降りていって例のガスで眠らせておいてからぷすっとね。パソコンの画面を見てびっくりしたよ、なんせそれまでのことが全部書かれてたんだもの。とりあえず全部消してから例の6文字。何でかって? 佳月さんが驚くだろうと思って。『次はお前だぞ』ってことで」
にっこりと微笑んだままの風雅がすぐ真横まで近寄ってくる。
なぜか風雅君は裸で、うらやましいほど色白のきれいな身体がイヤでも目にはいる。違和感を感じて目だけを動かして頭から足までを順番に見ていくと、違和感の正体はすぐに明らかになった。
無いのだ。男の子についているはずのアレが。
「そんなに見ないで、恥ずかしいから」
くすりと先ほどまでとはうって変わって妖艶な笑みを浮かべる風雅。
「そう、隠しててごめんね。実はボク、女の子なの。それに15歳っていうのも嘘だよ。ホントはもう少しで23歳なんだ。信じられないでしょ?」
成長しなくなった。
事故。
入院。
『アレは冬馬が』
だから殺した・・・。
さっき聞いたいくつもの単語が頭の中で弾け、徐々にストーリーが組みあがっていく。
「15歳分は普通に年をとれたのにね。その間も姫香さんにはいろいろ遊んでもらったから助けてあげたいんだけど。しょうがないよね」
ひょいと肩をすくめる風雅。
何がしょうがないのよ、助けたいなら助けてよ!
「もうストーリーはできてるんだよ。気が狂った西都さんが犯人でね、最後は毒を飲んで自殺。姫香さんは深手を負ってしまい、でも助けが間に合わなくて結局死んじゃう。後にはギリギリで助かった美少女姉妹。『嵐の山荘の殺人劇』ってカンジかな」
さも楽しそうに語ってくれる風雅。
深手?
結局死んじゃう?
『ゆっくり殺してあげるね』?
そんな、そんな死に方ってない。それなら一息に殺された方が・・・。
イヤ、死にたくない。
こんなところで死にたくない。まだ、まだ・・・。
「ああ、そんな目をしないで姫香さん。上手に殺してあげるから、ね?」
にっこりと微笑む風雅に、琴音が黒い絹の手袋をはめた手で恭しくナイフを差し出す。
西都さんのそばでしゃがみ込んでいたのはそれを取り出すため?
わたしを殺すため?
風雅はナイフの柄をハンカチでくるんでからしっかりと握る。初歩的なミスはしないって事かな。
「ホント、ごめんね」
最後まで無邪気な軽い調子で言ってくれる。
何の慰めにもならないけれど。
ナイフを握った風雅の手がひょいと振り上げられ、今度は振り下ろされる。
わたしは目を閉じた。




