第四章 第三話
3.殺人劇 第一幕
突然に彩香の身に降りかかった凶事に、一同はただただ驚くばかりであった。
そうしている間にも彩香は確実に死に向かっていた。まだ生きているんだと言わんばかりにびくんびくんと身体が痙攣する。
しかし、それも長くは続かず、とうとう全く動かなくなってしまった。
「な、なに?なにが・・・」
あまりに唐突な出来事に唖然とした表情の風雅。
「ね、ねぇ、彩香さん? ふざけるのは止めてよ」
そう言って風雅が手を伸ばすつ、その腕を佳月がはっしと掴んだ。
不思議そうな顔で佳月を見る風雅。
「みんな動くな。よく聞けよ、彩香は死んでるかもしれない」
誰もがわかっていたのかもしれないが認めたくなかった事実を口にする。
誰かが言わねばならんのだとでもいうように。
「うそだよ。彩香さんが、そんな・・・」
「落ち着け、風雅。とにかく確認だ、智博」
「ぼ、僕ですか!?」
突然水を向けられた智博が素っ頓狂な声を出す。
「何言ってんだ、お前しかいねぇだろうが。小説の中でもそうだっただろう。少しでも知識のある奴の方がいいに決まってるだろ」
いらついた口調の佳月。
早くしろという無言の圧力が智博に向けられる。
それに耐えられなくなったのか、おずおずと智博が彩香に近づくとポケットからハンカチを取り出して手を覆うと彩香の身体をぐいと起こす。
「ひっ!?」
琴音が小さく悲鳴を洩らす。体を起こされて天井を見上げた彩香の顔は、まさに苦悶の表情だった。
目をかっと見開き、のどをかきむしった後は赤く血が滲んですらいる。
誰もが『彩香は死んでいる』と理解していた。
「毒・・・か?」
西都が呆然としたように呟く。
「それしか考えられないな。少なくとも誰かの手で直接と言うのではないし、発作かなにかの類でもないだろう。突然だったしな」
佳月が答えると、全員の目が一斉にリンゴジャムのケースに向けられる。
「・・・これだよな」
「ああ、きっとな。それ以外は彩香の食ったものは誰かが食ってる」
確かにその通りだった。スープは全員が飲んでいるし、トーストは風雅も食べている。ソーセージや目玉焼きも誰かが食べているのだ。リンゴジャムだけは彩香しか口にしていないのだから当然の帰結である。
「智博、どうだ、何かわかったか」
「ええ、わかりますよ。ホントにこんな匂いだとは思いませんでした。嗅いでみますか?」
その口振りから、用いられた毒物が青酸化合物、いわゆる青酸カリだと言うことがわかる。青酸のアーモンド臭というのはミステリマニアの間では有名すぎるほど有名だ。
「一体誰がこんな・・・」
冬馬がその台詞を口にすると同時に、全員がはっと息をのむ。
そうだ、この中に彩香を殺した犯人がいるかもしれないのだ。
「ま、待って下さいよ、買ったときにはすでに『グリコ・森永事件』みたいに毒が混入されていたかもしれないじゃなですかな」
「その中の1つにたまたま偶然に彩香が当たったってのか。んなわけあるか!」
「でも、佳月さん、それじゃあ・・・」
怯えた表情の風雅。
「ああ。大体、このへんは来るときにスーパーで買い込んだ物だろうが。チャンスはこの建物の中に入ってからしかねぇんだ」
改めてそう確認されると、確かにその通りだと誰もが思った。と同時に『まさか』と誰もが思ったのも事実なのだ。
この7人の中に彩香を殺した殺人者がいるのだなどとは、おいそれと信じられるものではない。
「でも、でも、何で彩香さんが・・・」
「風雅、彩香が狙われたんじゃない。全員が・・・いや、犯人を除いて全員が狙われたんだ。考えても見ろ、リンゴジャムなんて誰が使っても不思議じゃないんだぜ。犯人はリンゴジャムさえ使わなければ安全なんだからな」
さらなる衝撃。
無差別殺人だったというのだろうか。
たまたま運悪く彩香が犠牲になってしまっただけで、もしかしたら死んでいたのは自分だったかもしれないと言うのか。
「誰がやったんだ?」
静まり返る一同。
誰かが『はい』などと手を挙げるわけがないのはわかっているのに、聞かずに入られないのだろう。
「素直に答えるわけはないか。犯人探しなんて実際にできる事じゃねぇ。今するべき事は警察に連絡して、食料を確認することだ」
「そうだな、電話してくれるか、蒼」
冬馬の言葉にこくりと頷くと、西都が玄関ロビーに置かれた電話に向かっていく。
残った者は買い込んできたそれぞれの食料について不審な点はないか、穴はついていないかなどと確認を始めた。
「とりあえず口の開いたやつは全部廃棄だ。不審な点のない、まだ開封されてない奴だけより分けるんだ」
佳月がそう指示を出しながら、実際に自分でやってみせる。1人だけではなく、複数人で確認しながら次々と食料をより分けていく6人。
そこに西都が血相を変えて飛び込んでくる。
「電話が繋がらない! 電話線が切られて・・・」
全員の手がぴたりと止まる。
新たな凶報によって、まだこの殺人劇が終わっていないことを誰もが感じてしまったのだった。
「まずいな、この大雨じゃ山道を下って帰るのは不可能だ・・・」
冬馬がぽろっと口にした台詞に風雅が敏感に反応する。
「じゃあ、しばらくはここに閉じこめられるって事!?」
「・・・そう言うことになるな」
しまったという顔で冬馬が肯定する。
「まさに『嵐の山荘』ってわけだ」
そう言って、佳月がポケットから何かを取り出して全員に見せる。それは何の変哲もない使い込まれた携帯電話だった。しかし、全員の目が一カ所に注がれる。通話可能かどうかを示すアンテナが1本も立っていない、すなわち圏外であることに誰もが気づいてしまったのだ。
「場所が場所だからな・・・。こりゃあ、雨がやむまではマジでどうしようもないぞ」
西都が不吉なことを言う。
しかし、まさにその通りだった。
この大雨の中を、山道を無理に下ろうものなら谷底に真っ逆様で全員事故死なんて事になりかねない。
「とにかく、善後策を考えよう・・・。全員で」
重々しい調子で冬馬が告げる。
惨劇が幕を上げた。




