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Misty ~霧の牢獄~  作者: 葉月風都
第一章 『虚構もしくは現実』
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第一章 第一話

1.黒い部屋で


「とまあ、こんな感じで始めようかと思ってるんだけど」


 黒いスチール製の机の前に置かれている、これまた黒いイスに座った若い男が、座ったままイスを回転させて部屋に集まっている面々を見渡す。


 机とイスばかりではなく、部屋の調度類は見事なまでに黒で統一されていた。

 当然ながら男の服装も、黒のYシャツにスラックスと黒色で揃っている。


 ここは“メンバー”の一人、緒方冬馬(おがたとうま)の部屋だ。

 かの江戸川乱歩の『赤い部屋』になぞらえて、冬馬のこの部屋は『黒い部屋』と呼ばれていた。

 さらに、他の“メンバー”には『白い部屋』『緑の部屋』と呼ばれる部屋を持つ者もいる。


 ところで、先ほどから何度か出てきている“メンバー”とは一体何なのか?


 至極もっともな疑問なので、今のうちにお答えしておくとしよう。


 “メンバー”と呼ばれている会は、簡単に言えば総勢八人の『ミステリマニアの集まり』である。

 そうした集まりに相応しい“黒後家蜘蛛の会”と言ったような凝った名称を付けようという案もあったらしいのだが、めんどうくさいのでただ単に“メンバー”と呼ばれることになったというだけの単純な理由だ。


 さて、現在この『黒い部屋』には八人のうち四人が顔をそろえていた。



 まず、この部屋の主である緒方冬馬。


 F大心理学科三年の二十一歳。適当に伸ばしたばさばさの髪が顔の上半分を覆っているという、むさ苦しい印象ではあるが、実際にはなかなかの好男子だ。

 心理学専攻のためと、その人を煙に巻くような語り口から『黒魔術師』などと呼ばれることもある。


 そして残りの三人は石神佳月(いしがみかづき)天野彩香(あまのあやか)皐月風雅(さつきふうが)の三人である。


「いーんじゃない?

 最後の『捕らわれていたのはどちら?』のあたりなんて、いかにもホラーっぽくて」


「彩香さん、ホラーじゃなくてミステリだよ」


 パサッと原稿用紙をテーブルの上に投げる彩香に向かって、風雅が呆れた顔で言う。



 天野彩香。T大英文科二年の二十歳。


 映画好きでオカルトマニアという最近は見ないタイプの嗜好を持つ。外見的には、世間一般で言うところの美人ではないが、クルクルとよく動く表情と肉感的なプロポーションが魅力的な女性だ。



 皐月風雅。T大付属中学校三年の十五歳。


 “メンバー”のマスコット的存在の白皙の美少年で、“メンバー”の一人藤宮琴音の従兄弟でもある。

 若いながらも読書家で、ミステリのみならず様々な方面の知識を披露することも多い。


「それよりも何よりも、書き終わればいいけどな。なぁ冬馬?」



 タバコをふかしながら、皮肉な調子で冬馬を見たのは石神佳月。


 I美大三年の二十一歳。

 何よりも“本格”ミステリを愛する“メンバー”の最古参。芸術家肌なので少々神経質なところもあるが、“メンバー”には欠かせない男だ。


「でも意外だな。冬馬さんがこんなの書くなんて」


 小さめの黒い木製イスに腰掛けた風雅が、テーブルの上の原稿用紙を取り上げる。

 ひらひらと原稿用紙をはためかせながら、本当に意外そうな顔だ。


「冬馬さん、こういった雰囲気のはキライなのかなって思ってたんだけど?」


「別に嫌いってわけじゃないさ。ただ、何となく・・・な」


 風雅の濡れたような黒い瞳に見つめられて、当惑したような表情で所在なげに頭に手をやる冬馬。


「飽きっぽいお前が小説なんか書いて続くかね。『未完の大作』なんてことにならなきゃいいけどな」


「いえてる(笑)」


 佳月の言葉に、彩香が小さく含み笑いを漏らす。

 風雅も細い足をぱたぱたとぱたつかせながらくすくすと笑っている。


「期待してるからね、冬馬さん」


「あんまり期待されても困るんだけどなぁ」


 と、金田一耕介よろしくぼりぼりと頭をかき回す。


「一応推理物なんでしょ?

 じゃあさ、合宿の時までに書き上げてもらって、みんなで推理比べと行こうじゃないの」  


「あ、それいいな。ボク彩香さんに賛成~」


 いいことを思いついたという風に言った彩香の一言に風雅が同意する。


「おいおい、後一ヶ月ないんだぜ?」


「いいじゃないの、今のところ特に単位も切羽詰まってないんでしょ。頑張ってよ」


 聞く耳持たないというように彩香が言い切る。


「やれやれ、とんだ藪蛇だぜ」


「彩香にそんな物見せたら当たり前だろ。まぁ、やって見ろよ冬馬」


 ニヤニヤと佳月。

 なかなかいい性格らしい。


「でも、合宿楽しみだねぇ~。早く行きたいなぁ」


 頭の後ろで腕を組み、イスにもたれかかりながら風雅が言う。


 合宿。


 長期休み恒例の“メンバー”による小旅行である。

 遊び回ったあげく、夜通しミステリ談義に花が咲くので寝不足に毎回悩まされるのだが、これがまた止められない。

 誰でも修学旅行なんかで経験があるだろう。


「今回は誰の担当だったかしら?」


「確か西都だな」


 誰にともなく漏らした彩香の言葉を佳月が受けて答える。


 西都というのは、今ここにいない“メンバー”の一人でフルネームは西都蒼(にしのみやそう)という。

 冬馬とは同郷の幼なじみで、冬馬曰く『腐れ縁だな』。


「どのへんになるのかなぁ?」


「さあなぁ、俺はノータッチだからわからんよ。あいつが決めることだからな」


 よっと声をかけて椅子から立ち上がると、冬馬は台所へ消えた。


「何か飲むかぁ?」


 姿の見えなくなった冬馬が大きな声で問いかけてくる。


「ボク、コーラ!」


「あたしアイスコーヒー」


「オレはビール・・・と言いたいところだが、アイスコーヒーで勘弁してやるよ」


 三者三様に勝手なことを言う。まぁ、気心の知れた・・・と言うところか。


「へいへい。少々お待ち下さい・・・ってね」


 まだ六月の半ば、一般常識で言えば梅雨の季節ではあるが、今日まで雨らしい雨の降った日は数えるほどしかなかった。

 その代わりというように、早くも夏日を越えようかという蒸し暑い日々が始まっていた。


「今年も空梅雨かねぇ」


 佳月が首だけ動かしてブラインド越しによどんだ空気に包まれた街並みを眺めながら、ぼそりと呟く。


「また水不足だねぇ」


「そうだな風雅。最近日本も変だな。大地震があったり、異常気象だったり」


「まぁ、つまりは世紀末ってことよね」


 したり顔で、腕組みをしながら彩香。


「そんなことないよぉ。不吉なこと言わないでよね、彩香さん」


「なによ、まさか本気にしたの風雅。もぅ、お子ちゃまなんだから」


 馬鹿にしたようにひらひらと手を振りながら笑う彩香。

 その彩香に向かって風雅がぐーでパンチの真似をする。

 同レベルなのか、彩香が風雅に会わせているのか判断に困るところだ。


 そうこうしているうちに、台所から冬馬がトレイに飲み物の注がれたグラスを四つ乗せて戻ってくる。


「今日も暑くなりそうだな・・・。相変わらず嫌な天気だ」


 空には雲一つ無い快晴。


 どこまでも続く、抜けるような青い空。


 まるで、地球が狂っているかのように。


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