第三章 第五話
5.疑惑
「あっ、帰ってきた」
2階から降りるための階段に4人の姿を見つけて、風雅がソファーからぴょこんと立ち上がる。頭に猫の耳でも見えるような、好奇心丸出しの表情で目を輝かせている。『そのぐらいには元気の回復した証拠かしら』、そんなことをぼんやりと考えながら姫香がけだるい視線を投げかけている。
「ねぇ、何か見つかったの?」
そんな姫香の視線に気づいた風もなく、風雅がホールまで降りてきた4人に質問する。
「まぁ、見つかったと言えば見つかったんだろうな」
冬馬がポケットから折り畳まれたハンカチを取り出すと、テーブルの上にそっと置く。それから慎重な手つきでハンカチを開いていくと、中から例の紙片が現れた。風雅・琴音・姫香のまだ見ていなかった3人が揃って紙片をのぞき込む。
「“最早無い”・・・か」
「確かJ.D.カーだったかしら」
風雅の漏らした呟きに、素早く姫香が反応する。
「そうだな。ところで、このメッセージから導き出される犯人の意図は、一体何だと思うね、風雅?」
「え、このメッセージから・・・?」
ちょっとだけ考える素振りを見せたが、すぐにはっとしたような表情で佳月の顔を見る風雅。
頭のいいこの少年はすぐに察したようだ。
「その通りだ。つまり、犯人は俺たちを皆殺しにする気だってことだな」
「皆殺し?!」
「そうだよ、琴音ちゃん。なんせ“お前たちの”と付けるからにはそれ以外考えにくいだろう?」
心底嫌そうな顔で吐き出すように言う佳月。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。だとしたら、犯人はやっぱり僕ら以外の誰かと言うことになるのではないですかな?」
「馬鹿言うなよ、智博。あんな事があったんだ、しっかり鍵の確認はしただろ。そうだったな冬馬」
「ああ、そうだ」
「そしてだ、智博。お前が検死の真似事をしたときにはこんな紙はなかった。違うか?」
智博が声を詰まらせる。記憶を確かめている表情だ。
「しかし、見落としたと言うことも・・・」
「んなことあるか。あの状況でこんな怪しいもん見逃すはずがねぇだろ。大体、俺たちだって見てたんだぜ。全員が揃って見逃すなんて事はありえん」
そうだろうとでも言うように、あのとき残った4人の内の残り3人を順番に見ていく佳月。
頷き返す冬馬。
「そう言われてみりゃあ、確かにそんな紙切れはなかったな」
西都の返事に満足げに頷く佳月。智博も不承不承ながらも頷く。
「と言うことはだ、外部からの進入は考えにくい。つまり・・・」
「犯人は内部にいる、そう言いたいんだろう」
佳月の台詞を遮るようにして冬馬が言う。にやりと笑う佳月。
「そんな・・・」
琴音が信じられないと言う表情で自分以外の全員を見回す。
「それについては置いておこう。また泣かれちゃかなわんからな。それからもう1つ発見だ。彩香の部屋の壁に据え付けられていたでかい鏡が割れていた」
「かがみ?」
風雅が『どういうこと?』という風に首を傾げながら佳月を見る。同様に琴音と姫香もお互いに顔を見合わせた後に佳月を見やる。
「ああ、鏡だ。あっただろ、でかい姿見が。そいつが粉々に割られていたのさ」
いったん言葉を切ると、続けて言う。
「俺の記憶が確かなら、朝は鏡は割られてなんかいなかった。だとすると犯人は、この紙切れを置きに来たついでにわざわざ鏡を割ったと言うことになる」
「まぁ、そういうことになりますな」
「だろ。すると1つ疑問がある。何で犯人はわざわざそんなことをしたんだ?」
その言葉に全員がしばしの間考えを巡らせる。短い沈黙。
「“見立て”というやつでしょうか?」
「やっぱりそう思うかい、姫香ちゃん。西都も同じ事を言ってたよ。するとだな、あまり言いたくないことなんだが、余計内部犯の可能性が高くなるんだ。なぜなら、冬馬の小説の中身は俺たちしか知らないはずなんだからな」
衝撃が走る。
誰かが小さく息をのむ音が聞こえた。
「でも、でも、犯人が彩香さんの持ってたのを読んだかもしれないじゃない。それで、ボクらの中に犯人がいるって思わせようとしたのかも」
さも良い考えを思いついたと言わんばかりに風雅が勢い込む。
「それだけのために犯人が危険を冒すと思うか?」
「危険? どういうこと、佳月さん」
「あれだけのでかい鏡だ、粉々に割るとなれば相当の音を覚悟しなけりゃならん。割ること自体は簡単だがな。いくら折からの強風と大雨で紛れるとしても、俺たちに全く気づかれずにやるにはちょいと無理があるんじゃないか。そう考えてみれば、この紙切れを置きに彩香の部屋に忍び込むのだって相当のリスクがあったはずなんだよ、犯人にとっては。なんせ、まだ7人も生きてるんだからな。そんなリスクを二重に重ねる必要がどこにある?」
長い台詞を一息に言いきると、ふうとため息1つ。
「待てよ佳月。そのリスクは内部犯だろうが外部犯だろうが平等に背負っているわけだろう。オレたちの中にそんなことも気づかない馬鹿がいるか?」
「西都もいいこと言うじゃないか。だが、ちょいと考えて見ろよ。一連の小細工が行われたのは俺たちが昼間っから寝ているときだろ」
「だからどうした?」
よく分からないと言う表情の西都。
「例えば、俺たちがアリバイについて話していたときに飲んでいた紅茶。あれに睡眠薬でも混入されていたとすれば、どうだ?」
全員がはっと息をのむ。無性に眠かったのは、寝不足と神経の疲れのせいばかりではなかったのだと言うのか。
その瞬間、西都がキッと佳月を睨む。
「ああ、その場合はオレが犯人の可能性が高いがね。なんせ紅茶を飲もうって言い出したのは俺なんだからな」
自虐的な調子で言って、唇を歪める佳月。
「それなら、実際に紅茶を入れたあたしにも犯人の資格があると言うことになりますね」
「・・・配ったボクにも、ね」
姫香と風雅が、やや不快な調子で口々に言う。
「仮に睡眠薬が入っていたとして、誰が入れたかなんてのはナンセンスだ。機会を見て自分から『紅茶でも』と言い出そうとしていたのかもしれんだろう。たまたま佳月が、犯人にとっては都合良く提案しただけとも考えられるからな」
「ま、冬馬の言うとおりだよな。俺がうまく引っかかっただけかもしれん」
「(でも、夕方にボクが目を覚ました時、佳月さんいなかったな・・・。トイレだって言ってたけど、まさかね)」
「どうしたの、風雅」
「ううん、何でもないよ琴姉」
急に黙り込んでしまった風雅を不思議に思ってか、琴音が小声で話しかける。風雅は慌てて否定して首をぷるぷると小さく左右に振る。同時に、心の中の小さな黒い疑惑を振り払おうとしたが、一度芽生えてしまったそれは、風雅の心にさりげなく、しかし確実に根付いてしまったかのようであった。
なぜなら、自分と佳月しか知らないそのことを言い出せなかったのだから。
「ま、まぁどっちにしてもこうやって一緒にいる方が安全なのは確かですからな。みんなで気を付けて助けが来るのを待ちましょう」
「誰に気を付けるって?『みんなに』か」
「佳月!」
「おおこわ。冗談だよ、冗談」
凄い剣幕で怒鳴りつけた冬馬に佳月がおどけてみせる。よくよく人の神経を逆なでしたいようだ。
「智博さんの言うとおりだよ。ね、みんな?」
「その通りだな。ここはお姫様の意見に従うとしますか」
「あ~、ヒドイや佳月さん。それはもう止めてって言ってるのにぃ」
揶揄するような佳月の言葉を聞きつけて風雅が頬を膨らませる。あまりに子どもっぽい仕草に一同から笑いが漏れる。からかっているわけではなく、可愛らしいものを見ると思わず顔がほころんでしまうような、そんな笑いだった。
「みんなまで!ふんだ、い~よい~よ~だ」
「拗ねるなよ、風雅。余計お姫様だぞ」
また一同から大きな笑いが起こる。
その笑顔の中に一瞬だけよぎるどこか虚ろな気配。
それは、これから起こるだろう事態から必死で目をそらそうとする一同の、必死の抵抗だったのかもしれない。
第2の殺人が、もうすぐ起ころうとしていた。




