第二章 第五話
5.洋館にて
「さぁ、着いたぜ」
車を止めエンジンを切ると、冬馬が全員に聞こえるように言う。
「着いたの?霧がかかっててよく・・・」
眠たげな目を手の甲でこする風雅。まるで猫が顔を洗っているようだ。
「周りが湖なもんでね、ちょいと歩かないと行けないのさ」
「ええー、歩くのー」
西都の台詞を聞くと、彩香がすかさず文句を言う。
「そんなに長い距離じゃない。せいぜい100mってとこだ」
「荷物とかはどうしますかな?」
「自分のもんは自分で管理する。学校の先生に習わなかったか、智博?」
「はぁ」
「それじゃあ、ぐだぐだ言ってねぇでとっとと行くとしよう」
佳月が車の中から自分の荷物を引っぱり出して担ぎ上げると、さっさと歩き出す。
石畳がまっすぐ前方に向かって続いているので、道に迷う心配はなさそうだった。石畳の両側は湖になっている。つまり、目的の別荘は湖の中にあると言うことらしい。『踏み外して湖に落ちるなよ』、西都が叫ぶ。
「誰に言ってんだ、誰に」
佳月は後ろを振り向きもしないで霧の中に消えていってしまった。
「やれやれ、相変わらずだな。とにかく、オレたちも行くとしようか」
霧に包まれた石畳の道を歩いていくと、その建物が姿を現した。
「ほぅ・・・」
「“館”そっくり・・・」
冬馬と風雅が次々に感嘆のため息をもらす。
深い霧に包まれたその建物は、冬馬の書き上げた小説に出てきた“洋館”に酷似していた。
その色こそくすんだ灰色と違ってはいたが、それもよく見ればやっと解るというほどの僅かな差異でしかなかった。ましてや、深い霧がその洋館を包み込んでいるとなればなおさらであろう。
「冬馬、お前これを知っていて書いたんじゃないだろうな」
「馬鹿言うなよ佳月。全くの偶然さ。一番驚いてるのは俺なんだぜ」
冬馬はいささか慌てたように否定する。演技しているようには見えない。
「本当?だとしたら面白い偶然よね。あたしたちの“合宿”に相応しい始まりじゃないかしら。そうじゃない?」
彩香はこの偶然に単純に喜んでいるようだ。
他のメンバーたちも、驚きの大小と多少の薄気味悪さこそあれ、同様に考えているようであった。たしかに彼ら“メンバー”にとってこれほど相応しい舞台はあるまい。
「お膳立ては整ったってわけか。それじゃあ、とりあえず中に入って部屋を決めて、夕食にしようじゃないか。腹が減って仕方がないんでね」
佳月の言葉に従って、一行は重々しい洋館の扉をくぐった。
このときは、ただ1人を除いて知る者はいなかったのである。
まさかあのような惨劇が待ち受けていようとは・・・。
中央のホールにまず集まると、部屋が平面図に基づいてそれぞれに割り振られる。
その後、女性陣が夕食の準備を始めた。準備に結構な時間がかかった後、初日の夕食会が始まった。たっぷりと買い込んできた材料を使ってキッチンで作られた手作りの物もあれば、レトルトや缶詰めも混じっている。なかなかに豪勢なメニューといえた。ちなみに手作りの品は彩香の手による物で、知られざる意外な才能を発揮した物であった。
「とにかく、推理ゲームは今晩から始めるんでしょ?」
彩香が箸を休めて冬馬に尋ねる。冬馬を除いた他の6人も同様のことは考えていたようで、一瞬全員の箸が止まる。
「そうだなぁ、初日だし疲れてるやつもいるんじゃないのか?」
「ぜんっぜんだよぅ。今すぐでもいいよ♪」
風雅が目をきらきらと輝かせる。
「他の奴らはどうなんだ?」
冬馬がぐるりと一同を見渡すと、積極的に賛成したのは彩香だけだったが、反対する者は誰もいなかった。消極的肯定というやつだ。
「そう言うことなら、とりあえずコピーだけ渡して、今晩は自由にしてもらうってのはどうだ? 推理したいやつはする。休みたいのは休むって事で」
「そうですな。西都君の意見に賛成です」
「んじゃそうするか。道中揺られっぱなしで多少疲れてるんでね」
これは佳月。
「それじゃあ、食事が終わったらコピーを置いておくから各自持っていってくれ。その後は、今晩は自由ということで」
そう冬馬がまとめると、再び賑やかな夕食が始まった。
食事が済んでしまうと、温泉で旅の疲れをいやそうとする組と、広間で食後のお茶をしながら原稿読みをする組とに別れてしまった。
広間に残っているのは智博・風雅・琴音・姫香の4人であった。紅茶を口に運びながら、皆黙々と原稿を読み続けている。
「皆さん、大体読み終わりました?」
「うん、ボクは大体。琴姉と智博さんは?」
2人とも首を縦に振る。
「ねぇ、みんなで協力しない? いーでしょ?」
「僕は遠慮させてもらいますよ。フェアにいきたいですからな」
「そっかー、じゃあ仕方ないな」
智博がやんわりと拒絶の意を示すと、風雅が残念そうな表情で智博を見る。長い睫毛の下の濡れたような漆黒の瞳が智博の丸顔を見つめている。
「そ、それじゃあ、失礼させてもらうよ」
そそくさと智博は自分の部屋へと退散してしまった。動揺がありありと見て取れる。
残された3人は顔を見合わせると、何とも言いがたい表情でお互いを見る。
「じゃ、じゃあ始めよっか」
風雅が琴音と姫香を見て、にっこりと笑って言った。




