第二章 第三話
3.追憶
あはははは・・・
うふふ・・・
どこからか子どもの笑い声が聞こえる。甲高い、まだ声変わりも済ませていないような声。少年であるのか、それとも少女であるのかも判別することはできない。
そこは一体どこなのだろう。
鬱蒼と茂った木々に周囲を囲まれ、家屋の姿も見えない。『山奥』、そんな言葉が自然と連想される。
その鬱蒼と茂った木々の中に、ぽっかりと開けた原っぱに、三人の子どもの姿が見える。笑い声の正体は、どうやらこの子どもたちのようで、服装から察するに男の子が二人と、女の子が一人であるらしい。
(これは・・・)
唐突に視点が森の中へと移る。
まるでテレビカメラを切り替えたようだ。
そこでは、先ほどの女の子が、勇ましいことに木登りをしている。太い幹を持ち、立派な枝振りをしたその木は所々に手がかりになるような物があり、木登りをするには格好の木のようだった。
「あぶないよ、***ちゃん!!」
男の子の1人が木の下に駆け寄ると、どんどんと上っていく女の子を心配そうに見上げて声をかける。
「だいじょうぶだよ、このぐらい。しんぱいしないで」
女の子はそう答えると、途中の枝に足をかけたまま、笑って男の子に手を振る。
(ダメだ・・・)
その時、もう一人の男の子が木の裏側へ回る。
なにやらごそごそと身をかがめて動き回っていたかと思うと、女の子を驚かそうというのか短い木の枯れ枝をぶんと放り投げた。
別に怪我をさせようと思って投げたわけではないだろうが、タイミングが悪すぎた。その時、ちょうど女の子は次の枝へと移動するために、枝を掴もうと手を伸ばしたところだったのだ。
「きゃ・・・!!」
一瞬だった。
女の子の短い悲鳴が聞こえたかと思うと、ぐらりとその小さな身体が傾き、そのまま足を踏み外して落下する。まるでスローモーションのような光景だった。どさっと柔らかい物が地面に叩きつけられた音がすると、女の子はぴくりとも動かなくなってしまった。
(この光景は・・・)
またしても突然に場面が切り替わる。
真っ白い廊下を、ぼんやりとした緑色の光があたりを照らし出している。
目の前には1つの白い扉。
その扉に取り付けられた小さな覗き窓から、何者かが扉の向こうを覗いているのだった。
扉の向こうには、同じく真っ白い部屋。ベッド以外には何もおかれていない、がらんとした寒々しいほどの空虚な部屋。
(これは・・・)
そのベッドの上には小さな女の子が座っていた。
真っ白な貫頭衣に身を包み、ベッドの上にぺたんと座り込むようにして虚ろな瞳で部屋の天井を見上げている。
その瞳は何者をも映していなかった。
なぜならその少女は、すでに夢の中の住人だったから。
少女は、時折視線をさまよわせるだけで僅かの動きも見せることはなかった。じりじりと時間だけが過ぎ去っていく。
覗き窓から部屋を覗いていた何者かが意を決したように立ち去ろうとしたその瞬間、少女がくるりと首を巡らせて瞳を向ける。その虚ろな瞳に捉えられてしまったように、何者かは身を固くする。少女はそれが分かったのだろうか、にっこりと微笑むと、ゆっくりと桜色の唇を動かす。
「殺して・・・。必ず殺して・・・」
頭の中に直接少女の声が飛び込んでくる。背筋がぞっとするような、冷たい、無機質な声・・・。
「約束して。必ず殺すって」
そう言って、少女はにいっと唇をつり上げて不気味に笑う。
漆黒の、深い深い虚ろの瞳から目を離すこともできずにただただ恐怖に怯えるばかり。
「うわあぁぁぁぁぁっ!!」
布団を跳ね上げて、闇をつんざく悲鳴とともに人影がベッドの上で飛び起きると、真っ暗な部屋の中で、はぁはぁと荒い息をつく。身体は汗でびっしょりと濡れていた。
むろん夏の暑さが原因ではないことはすぐに分かる。
汗が引くと、先ほどまでとは逆に身震いするほどの冷たさが襲ってきた。
「解ってる、解ってるよ。必ず、必ずあいつを殺すから・・・」
両手で顔を覆ったまま、何かに怯えたようにひたすら呟き続ける。
「仇は必ず討つから・・・。大丈夫だよ・・・」
ぶつぶつと何もない虚空に向かって1人言葉をはき続ける。
見えない何者かに向かって話しかけることで自らの正気を保ち続けようとしているかのようでもあったし、母に許しを請う幼子のようでもあった。
すべては動き始めていた。




