プロローグ
一応最後まで考えてあります。
ミステリっぽいものが書きたくて・・・。
余計なモノかいてるんじゃないってツッコミは無しの方向でお願いします。
気に入らない所はスルーで・・・。
序章 ~霧の牢獄~
密度の濃い、ねっとりとした白霧があたりに立ちこめている。
わずか1cm先の風景すら定かではなく、まるでそれ自体が生きてでもいるかのようにゆっくりと揺らめく乳白色の霧がすべてを包み込み、覆い隠している。
(これは・・・)
その渦巻く霧の中心部に、一軒の古びた洋館が建っていた。
まるでその館から霧が溢れ出ているかのように、さながら台風の目のように、そこだけがすべてがあやふやなこの世界の中で確固たる姿を保っている。
あくまでも密やかに。
そして秘めやかに。
その石造りの白い館は、どうやら二階建てになっているようだ。
堅牢そうな館のすぐ脇には、これまた堅牢そうな石造りの尖塔がそびえ立っており、その異様を霧の中に浮かび上がらせていた。
洋館の窓は、奇妙なことにすべてがはめ殺しになっていて、脇の尖塔に至ってはたった一つの窓すらない。
その塔は、頑丈そうな鉄製の扉と幾重にも施された錠とがあいまって、姫君の幽閉場所というよりは、まるで罪人を閉じこめておくための牢獄を思わせる。
豪奢な、美しき霧の牢獄・・・。
唐突に、洋館の二階の部屋の一つに明かりが灯る。
僅かも揺らめくことのない魔法の明かりに照らされて、窓に人影が浮かび上がる。
白々と輝く明かりの中に現れたのは、若い、端整な顔立ちをした人間だった。
艶やかな長い黒髪、涼やかな切れ長の目、整った鼻梁、そしてふっくらとしたピンク色の唇が透けるような白い肌に映える。
(このひと・・・)
完璧すぎる美しさ。
男か女かもわからない、まるで彫像のような硬質な美貌・・・。
しかし、彫像には相応しくない意志の輝きを湛えた深い深い碧の瞳が、その存在を人間たらしめていた。
強い、それ故に妖しい気配を漂わせて人影は佇んでいる。
一種神聖な、犯しがたい空気が周囲を支配していた。
ピンと張りつめた、すべてのものが動きを止めてしまっているかのような完璧な静寂。
世界を包み込む空気さえもが固体化してしまったような一部の隙もない静寂の中に、その人影はただじっと佇んでいる。
突然、人影が動いた。
まるで重さを感じさせない足取りで壁にはめ込まれている大きな姿見に近づくと、その姿見に両の掌を押し当てて、鏡の中の自分と見つめ合う。
一分・・・・・・二分・・・・・・。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
その人影は微動だにせずに、ただひたすらにもう一人の自分と見つめ合っている。
重苦しい雰囲気の中、人影の漏らす微かな息遣いだけが音として存在することを許されていた。
鏡の中の人影が、その愛らしい桜色の唇を奇妙に歪める。
まるで嘲弄するかのように。
しかし、現実に鏡に映されているはずの人影はまるで表情を動かしてはいない。
鏡の中の人影が、今度ははっきりと嘲笑の形に表情を変え、本体を見る。
見られた本体は、その視線を無表情のままで受け流す。
鏡の中の人影が口を開くと、聞こえない声で何事か語りかけた。
語り終えたそれは、またしても嘲笑の表情で本体を見る。
すると、鏡に押し当てられていた両手が、まるで泥にでも沈んでいくようにズブリと鏡の中へとめり込んでいく。
本体は初めて驚きに目を見開いた。
(やめて・・・)
そのうちにも、身体は鏡の中へと飲み込まれていく。
両手から肩口へ。
肩口から身体へとゆっくり、着実に。
そして、まさに鏡面のように、鏡に映っていた人影がゆっくりと外の世界へとその姿を現す。
鏡像であったはずの人影が完全に姿を現すと、まるで水面に石を投げ込んだかのように鏡の表面に波紋が走る。揺らめきが収まると、鏡の中には本体であった人影が取り残されていた。
あくまでも無表情に。
今や本体となり仰せた鏡像は、もう一度本体であったものに嘲笑を浴びせると、姿見に小さな拳を叩きつける。
一度・・・
二度・・・
三度・・・
鏡は無数の破片と化し、細切れの像を断片的に映し出すのみだ。
人影は、ガラスで切れた拳を無表情で見つめる。
固く握られた白い小さな拳には小さな無数の傷ができ、赤い血がにじみ出していた。
人影は腕を持ち上げると、傷口に唇を近づけてその血をなめとる。ピンク色の唇が、自身の血で紅く染まる。
人影が目を閉じてうつむき、身体を小刻みに震わせる。
泣いているのではない。
笑っているのだ。
初めはくすくすという微かな笑い声がいつしか哄笑へと変わっていく。
まるで狂気に犯されでもしたかのように身体を震わせて笑い続ける。それに同調するように館を取り巻く霧がゆらゆらと蠢く。
(ゆめ・・・?)
豪奢な、美しき霧の牢獄・・・。
『捕らわれていたのはどちら?』
お読みいただけたのであれば幸いです。
ありがとうございました。