第四章 ヒャッハーにも帰る家がある
第四章 ヒャッハーにも帰る家がある
<ヒャッハー>は食料を奪う。
水だって奪う。
衣服も奪うけど、奪ったままじゃ使わない。
<ヒャッハー>のために仕立て直して――具体的にいうとスパイクやベルトなんかで改造する。他には膠なんかで硬くしたりもする。
ところで、人間っていうのは生きていくのに、衣、食、住、の三つが必要らしい。
<ヒャッハー>にはアジトがあるけど、みんながみんなそこで暮らしてるわけじゃあない。
みんな、それぞれの場所に隠れ家を持ってるんだ。
だから、生活にはいろんな工夫を凝らしてる。
ヒャッハーにも、そんな帰る家がある
❁
僕の隠れ家には水場がある。
水道が生き残ってて、蛇口を捻ると水が出てくるんだ。
これはとても重要なことだ。
水を汲める場所っていうのは、この死んだ世界じゃなかなか見つからない。
あっても、他の<ヒャッハー>の縄張りがほとんどだし、それを勝手に使ったら同じ<ヒャッハー>でも殺される。
僕もここ以外じゃ一ヶ所しか知らない。ここが枯れてるときは、そっちまで行かないといけなくなる。
ここの水道も、出なくなるときもあるし、そのまま飲むと体を壊すこともあるけど、浄化装置がまだ生きてて比較的キレイな水が出る。
そのあたりの注意を説明してやると、ヒマワリは真剣な顔で何度も頷いた。
僕は、ひょんなことからこの口の利けない女の子――ヒマワリを拾った。
ヒマワリは今日、僕の隠れ家には初めて来た。
これから、ここでいっしょに生活していくことになるんだ。それに、<ヒャッハー>が襲撃をかけるときは、ヒマワリはここで独りってことになる。
一人でなんでもできるようになってもらわないと、困る。
ヒマワリは蛇口を慎重にペタペタと触って、不思議そうな顔をしていた。
ええっと、生きた水道が残ってるのが不思議だってことかな?
確かに、水道のほとんどは、今はもう機能していない。残ってたとしても、それを僕みたいな下っ端が独占してるのは不可解かもしれない。
僕はヒマワリの手を引いて表に出た。
僕の隠れ家は、昔は大きな建物だったらしい。床はクリーム色に塗られていて、それが外まで続いてる。
水場の方は床はタイルが敷かれていて、ところどころに白い穴が空いてる。
……まあ、これが大昔のトイレだってことくらい、僕だって知ってる。
僕は隠れ家の屋根を指差した。
屋根の上には傾いたタンクがある。木材で補強した跡は、僕がやったものだ。
あれがここの水源なんだけど――実は、壊れてる。
ヒマワリがポカンと口を開けた。
うん。壊れてるし、穴も空いてるんだけど、水を溜めることはできる。天井に空いた穴から、雨水が自然と溜まるようになってるんだ。
つまり、ただの水溜めだ。
その程度の水場なら、探せばいくつもある。
ここが特別なのは、浄化装置が生きてるってことだけなんだ。でもって、複数人で使ったらすぐに枯渇する。アジトからも結構離れてるし、使い勝手も悪い。
だから、僕が使っても文句は言われない。
建物の中に戻ると、僕はヒマワリに水を出してやった。
水場があるって言っても、そのまま飲むと病気になる。父さんはそれで死んだ。火を通せば大丈夫みたいだから、沸騰させた水を溜めて置いてある。
喉が渇いてたらしく、ヒマワリは夢中になって水を飲んでいた。
それを眺めながら、隠れ家の中にあるものを順番に説明していく。
部屋の奥は木の板と柱で補強してある壁があるけど、その向こうは崩れてて通れない。すきま風を防ぐために、一年くらいかけて材料を集めて塞いだんだ。
で、その隣には地下に下る階段があって、食料を保管してある。
地下は全部コンクリートで塗り固められてるし、光も入らないから、真夏でもかなり冷たい。
しかも、そこかしこの亀裂からすきま風が入るおかげで、よっぽどほったらかさない限りはカビなんかも大丈夫だ。
扉を閉めておけば獣が入ってくることはないし、目の細かい網をかけておけば虫にもやられにくい。やられにくいってだけで、やられるときはやられるけど。
ヒマワリが見てみたいような顔をしたけど、僕は首を横に振った。
<ヒャッハー>を見ただけで倒れそうになってたんだ。
中には解体中の鳥や獣が残ってるから、今日はやめておいた方が良い。
ヒマワリは絶句してたけど、そのまま他のことを説明してるうちに眠ってしまった。
続きは、また明日にでもしよう。
ヒマワリを抱えて、僕ももう寝ることにした。
一人じゃ冷たい寝床も、二人だとぽかぽかだった。
❁
朝。
僕は隠れ家の周りに仕掛けてた罠を確認して回っていた。残念ながら、獲物は何もかかってなかったけど。
かかってた形跡が残ってるのもあるんだけど、逃げられたみたいだ。眠くても、昨日のうちに確認しとけば良かった……。
隠れ家に戻ると、寝惚け眼のヒマワリが起きてきてた。
ちょっと不安そうに首を傾げてることから、僕がどこに行ってたのか聞きたいんだろうと思った。
獣用の罠を見てきたんだって話すと、驚いた顔をした。
どうやら、生き物がいることが不思議だったらしい。
世界は滅んでしまったけど、人間は生きてる。人間が生きてるってことは、他の動物だって少しは生き残ってるってことだ。
そういう動物は、意外に人間の側へとやってくる。
人間だって食料を必要としてる。それに人間が食べられずに捨てたものでも、動物なら食べられることもある。
だから、畑とかは頻繁に動物が現れるんだ。
……え? なんでそんなびっくりした顔をするの?
ああ、村の外に畑があるのが不思議だって?
<ヒャッハー>だって畑を耕すんだよ。
というわけで、僕は隠れ家の裏手側――アスファルトが砕けた大きな穴にやってきた。梯子を使わないと降りられないほどの深さに、草花が茂っていた。
雑草が何年もかけてアスファルトを食い破り、その下から生きた土が出てきたんだ。
そこに壊れた貯水槽から流れた水や、雨水が溜まって土を蘇らせた。
ちなみに瓦礫の撤去は水なんかと交換で、<ヒャッハー>の先輩たちにやってもらった。
今はイモとキャベツを育ててる。どっちも手がかからないし、虫さえ気を付ければ保存もしやすい。育ててる<ヒャッハー>も多くて、種も手に入りやすいんだ。
でもって、草木があるってことは、動物もやってくるってことだ。ここはちょっと深いからあんまり獣は来ないけど、鳥は飛んでくる。
鳥用の罠に有刺鉄線――建物の柵とか、残ってるところには結構残ってる――なんかも仕掛けてるけど、効果はいまいちなんだよね。
言ってる側から、朝食をつまむように小鳥が飛んでくる。
チイチイ鳴く小鳥に、ヒマワリが目を輝かせる。
僕も目を輝かせてポケットから刃物を抜く。
刃物と言っても、<傭兵>相手に使うような金物じゃなくて、ただのガラスの破片だ。ひとつ一つは手の平に収まる程度の大きさで、投げる以外の使い道は思い付かない。
ヒマワリもこれから僕がすることが分かってるんだろう。物音一つ立てずに小鳥を見つめていた。
僕は息を殺して腰を落とす。
小鳥がどこを向いて、どう飛ぼうとしてるのか、それを探り出す。
狙いは、ひときわ太ったやつだ。小鳥と言ってもハトくらいの大きさで、一日の腹を満たしてくれるくらいの大きさがある。
じわりと足を前に押し進め、息を止めたときだった。
バサバサバサッ――
小鳥の群れが、一斉に飛び立った。
そして、そのときには僕の手からガラスの破片も撃ち出されていた。
飛び上がった小鳥の一羽が、宙で大きく跳ねる。
そのまま地面に落下した小鳥の胸に、ガラスが突き刺さっていた。
よし!
僕がこぶしを突き上げると、ヒマワリがギギギとブリキ人形みたいなぎこちない動作で振り返った。
気のせいか、涙ぐんでるように見える。
僕はポンポンとヒマワリの頭に手を載せた。
大丈夫だって。独り占めするわけないだろう? いっしょに食べるんだよ。
……え、違う?
あたふたと手を振るヒマワリは、鳥さんと遊びたかったとでも言いたげな顔だった。
いや、だって、殺さないと食べられないだろう?
躍り食いは、僕でも抵抗あるよ?
❁
とは言っても、鳥を捌くのは結構手間がかかる。
朝一に狩った小鳥は血を抜きやすいように逆さに吊っておき、朝食を準備する。
昨日のうちに解体してた鳥を焼いて食べながら、僕はガラスの破片をテーブルに転がした。
ガラスは、いろんなところに転がってる。この隠れ家の中だけでも、探せばまだまだ出てくる。
世界崩壊前は、よほどあちこちで使われてたらしい。当時に砕けたものが、十数年経った今でも大量に残されてるんだ。
このガラスっていうのは、なかなか優れた刃物だ。
割った面は下手なナイフよりよっぽど鋭いし、全ての周を刃にできる。水平に投げるだけで刺さるし、外れても破片が追い打ちをかけてくれることもある。
手の平サイズにしておけば持ち運びも楽だし、何よりいくらでも手に入るのがありがたい。
もちろん、破片を食べたら大惨事だし、包丁代わりに使うのは勧めない。でも、狩りみたいなときはすごく役に立つ。
<傭兵>相手にも割と効果があるんだけど、<ヒャッハー>が戦場でこれを頼ることは少ない。
<ヒャッハー>は己の体こそが武器だという考えが主流だからだ。
特に、拳法が使える<ヒャッハー>は深い敬意を示される。
説明してると、はふはふと喘ぎながらヒマワリが投げる仕草を真似る。
そうだな。狩りの仕方は教えといた方が良いかもしれない。
朝食を片付けると、ヒマワリの手を引いてまた畑に戻る。
仲間が一羽狩られたくらいで、ここから離れる連中じゃない。
畑から少し離れて、まずはガラスの投げ方から教えてやる。
振りかぶって投げた方が勢いは強いけど、コントロールは悪くなる。最初は水平に放り投げて、的にきちんと当てられるようにするところからだ。
ガラスを持たせ、構えから見てやると、なかなか様になっていた。
そのまま投げさせてみると――
ヘロヘロと五メートルも飛ばずにガラスは転がった。
……うん。
これは、少し訓練が必要みたいだね。
いくらガラスが大量にあるとはいえ、的に届かせるところから使わせたら大変なことになる。主に、掃除がだ。
とりあえず、練習用にガラスと同じくらいの重さの金属片を貸してやって、僕は畑の鳥どもの元に戻った。
ヒマワリの訓練は大切だけど、目の前にご馳走があるんだから放っておく理由なんてない。
というか、こいつらを狩らないと、僕の畑が鳥どものごちそうになってしまう。
僕はまた息を殺して、大きな鳥から正確に狙撃していく。
投げながら、ヒマワリにコツを教えてやる。
畑に集まった鳥は、餌を啄んでる間は動かない。
そこを狙って……も、絶対当たらない。
絶対だ。断言できる。だって投げようとしたときにはもう避けられてるんだ。中るわけがない。
なんかの奇跡で命中することが、もしかしたら一生のうちに一度くらいはあるかもしれない。
でも、狙って当てるのは無理。
じゃあどうやって中てるのかっていうと、飛んだ瞬間を狙う。
人間が動いた瞬間、鳥は飛び立つ。
でも、飛んだ瞬間っていうのは、鳥も自由には動けないんだ。飛び立つ瞬間が、一番速いんだから。
だから、鳥がどう飛ぶかをきちんと考えてやる。
それと、投げたガラスが届くまでにどれくらいの時間がかかるか。
この辺は、本当にカンだ。やりながら感覚を覚えるしかない。
説明しながら、また一羽を仕留める。
ヒマワリはできないって言うように首を振るけど、僕は優しく頭を撫でてやった。
大丈夫、命がかかれば、意外と人間はなんでもできるもんだよ?
食わなきゃ死ぬんだし。
それにさ、自分で狩った肉の味は、一度覚えるとやめられないもんなんだ。
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結局、朝の一羽も含めて六羽ほど狩ることができた。
それだけ狩ると、さすがに鳥たちもしばらく寄ってこなくなったんだ。
僕とヒマワリは、黙々と鳥の羽をむしっていく。むしった羽は、網の中に入れてあとから太陽に晒す。
なんに使うかって?
ヒマワリ、君が昨日寝てた布団、ふかふかだったろう? それ、どこから来たか知ってるかい?
そう、こういう羽根を集めて作ってる。
僕が作る布団は結構寝心地が良い。
これと食料を交換したがる<ヒャッハー>も少なくはない。
ヒマワリはなんだか嬉しそうな顔をしてたけど、だんだん骨と皮だけの正体を現していく鳥の姿に、また涙ぐんでいた。
これから肉の捌き方も教えなきゃいけないんだけど、大丈夫かな?
でも、こういう作業も独りでやるより、涙ぐんでる子でも隣にいてくれる方が心地好いと思った。
ちなみに、このあと畑に降りたら土の中から顔を出した鳥や獣の残骸にヒマワリはまた卒倒しそうになってた。
だって、動物の骨は砕いて撒くと、良い肥料になるんだよ。
こうして始まった、僕とヒマワリの二人暮らしは、だけど一つ大きな問題を残したままだった。