第一章 僕はヒャッハー
第一章 僕はヒャッハー
ヒャッハー!
そんな奇声を上げながら、男たちが塀の上から飛び降りていく。
みんな基本的に上半身は裸で、身につけてるものといえば革をなめした肩当てや胴当くらいだ。肩当てはほとんどの場合、金属のスパイクが打ち込まれてる。
男たちが向かう先には、何台もの車が見える。
道の先に瓦礫が倒れ込んできて、立ち往生してるんだ。
もちろん、男たちが崩したものだ。
男たちはこれからこの車の一団から、食料を始めとする積み荷を奪う。
そんな男たちをなんと呼ぶのか。
盗賊という呼び名がある。
やってることは盗むなんて可愛いもんじゃないんだから、強盗とかもっと強い言葉の方が良いかな?
シンプルに悪党なんてのも良いだろう。
でも、僕は彼らのことをこう呼んでる。
――<ヒャッハー>――
彼らは挨拶のようにそう叫ぶ。
人を殺すときも、物を奪うときも、仲間と酒を酌み交わすときも。
喜びも、哀しみも、怒りも、気合いも、全部このひと言で表せる。
そんな言葉を使いこなす彼らこそ、その名で呼ばれるべきだ。
僕もそんな<ヒャッハー>の一員――まだまだ見習いだけど――だった。
❁
何人もの<ヒャッハー>が飛び込んでいく。
車からは、すでに何人もの男たちが飛び出してきていた。
その手には鉄の棍棒やボウガンなんかを持っていて、村人たちにも自分の身と積み荷を守る用意があることがわかる。
戦う力がある彼らは、村人じゃなくて<傭兵>と呼ばれている。
僕が考えたわけじゃないけど、<ヒャッハー>の偉い人がそう言ってたから、僕もそれに倣ってる。
<ヒャッハー>と<傭兵>は、それぞれ手に持った武器をぶつけ合い、戦いを始めていた。
最初に<傭兵>からボウガンの洗礼を受けるが、<ヒャッハー>は腰の後ろに分厚い木の盾を持っていて、それで矢を防ぐ。
何人かの運がない<ヒャッハー>が腕や足を射貫かれて倒れるが、ほとんど<ヒャッハー>はそんなことじゃ止まらない。
戦況は、すぐさま近接武器の打ち合いに突入する。
先陣が切り込むと、もうボウガンなんて使い物にならなくなる。
<ヒャッハー>だって飛道具の危険性は知ってるんだ。持ってるやつから狙うし、そもそも車を守らなきゃいけない<傭兵>は端っから追いつめられてる。
退くことができない以上、敵に踏み込まれれば混戦になるだけだ。狙いをつける間、無防備になる飛道具を味方に当たる危険を冒してまで使う理由はない。
それが分かってるから、<ヒャッハー>も先陣以外は盾なんか持たない。
他の<ヒャッハー>に一歩遅れて、僕も戦場に飛び込む。
近くにいた<傭兵>に躍りかかると、彼は血を吹いて倒れた。身を伏せて駆け込んだ僕に気付かなかったんだろう。ナタの一撃を首に受けていた。
それに気付いた<傭兵>の一人が、怒りの目を向けて殴りかかってくる。手に持ってるのは刃物じゃなくて金棒だった。
当たったら、僕なんか一発で死んじゃうだろう。
慌てて近くにいた別の<傭兵>を引っ摑み、金棒の<傭兵>に向かって突き飛ばす。
<傭兵>は泡を食って金棒を止め、<傭兵>を受け止める。
そのときには、僕は掬い上げるようにナタを振り上げていた。
金棒を握った<傭兵>の腕が肘から落ち、絶叫が響く。
突き飛ばされた<傭兵>が我に返り、仇を討とうと刃物を振り上げるけど、僕はもうそっちを見てなかった。
他の敵を探すうちに、<傭兵>の頭が弾けて胴体からなくなる。
ここにいる<ヒャッハー>は僕だけじゃないし、僕より強い人の方が多い。
僕が腕を切った<傭兵>も、別の<ヒャッハー>に後ろから刺されてもう死んでいた。
<傭兵>の頭を潰したのは、棟髪の<ヒャッハー>だった。三角に整えられたアゴ髭が目を惹く。
棟髪っていうのは、左右の毛を刈り上げるか剃り上げるかして、中央の毛を逆立たせる髪型だ。モヒカンとも言う。
<ヒャッハー>の中では最も広く愛されてる髪型で、ここで戦う<ヒャッハー>もほとんどが棟髪――モヒカンだった。
アゴ髭の<ヒャッハー>は親指を立て、僕もそれに応えようとして――代わりにナタを投げつけた。
アゴ髭の後ろで、<傭兵>が仰向けに倒れる。
僕が投げたナタは、<傭兵>の頭をかち割っていた。
それから僕が親指を立てると、アゴ髭が苦い笑みを浮かべてナタを拾ってくれた。
戦況は、<ヒャッハー>が優勢だった。
元々退路のない<傭兵>に対して、ただ奪うだけで良い<ヒャッハー>とでは余裕が違う。それに、数の違いもある。
でも、まだ崩せてなかった。
<ヒャッハー>の一人が、弧を描いて吹き飛ばされてくる。
ハッとして目を向けると、少し離れた位置で大柄の<傭兵>が長い棒を振り回していた。
血の泡を吹いて痙攣する<ヒャッハー>は、5メートル近く吹き飛ばされたことになる。
吹き飛ばされたのは、決して小柄な<ヒャッハー>ではない。少なくとも、僕よりはよほど大きい。それがこれだけ吹っ飛ばされてきた。
拳法の使い手だと、すぐに分かった。
こういう時代だから、手に入る武器というのは限られている。ときには素手で戦わざるを得ないこともある。
そんな戦いで、圧倒的な力を振るうのが拳法使いだ。
僕とアゴ髭は目を配らせ合うと、左右から同時に切りかかった。
僕はナタで、アゴ髭は金棒だ。
だけど<傭兵>は自分の体にまとうように長棒を振るうと、ナタと金棒を同時に弾いた。
アゴ髭はなんとか耐えたみたいだけど、僕はナタを取り落とした。
一発で、手がしびれて力が入らなくなっていた。
アゴ髭が焦った顔を見せるが、直後吹き飛ばされる。
<傭兵>はヌンチャクのように長棒を振り回していて、足を止めればすぐに次の一撃が襲ってくるんだ。
背が低いことと、蹲ってたことで僕は奇跡的にそれを受けずに済んだ。
こいつは、やっつけないと戦況がひっくり返されるかもしれない。
ナタを失った僕は太もものベルトから短刀を抜く。刃物と言っても、鉄板を研いで刃を付けただけだから、切れ味はすこぶる悪い。
でも、刺すという用途なら良い仕事をしてくれる。
左手で抜いた短刀を振りかぶると、<傭兵>の長棒が襲ってくる。
僕は攻撃を諦めて地面に転がる。
長棒はなんとか躱したけど、そこに<傭兵>の蹴りが迫る。僕の胴体くらいはありそうな足だった。
転がってて、躱せるわけがない。
僕はなんとか腕を交差させるけど、まともに蹴り飛ばされて吹き飛んだ。
ケホッと、息が詰まった。
でも、顔を上げると<傭兵>の長棒が回転を止めていた。
その足に、短刀が突き刺さっていたんだ。
蹴られる瞬間、ダメ元で突き出した短刀だった。
<傭兵>は憎悪を込めて僕を睨んだ。そのまま長棒を振り上げるけど、それが僕に届くことはなかった。
<傭兵>の長棒は、大柄の<ヒャッハー>に摑み取られていた。
アニキだ!
<ヒャッハー>たちが叫ぶ。
アニキと呼ばれた<ヒャッハー>は<傭兵>と同じくらいの巨躯だった。
その腕力と地位を示すかのように、金色に染められたモヒカンが天を衝くようにそそり立っている。
風に揺れる柔らかなモヒカンだ。
<傭兵>は顔を真っ赤にして長棒を奪い返そうと力を込めるが、アニキは揺るがない。
瞬間、オーバーハングしたモヒカンが揺れ、<傭兵>の腹に拳が突き刺さる。
堪らず長棒から手を離し、<傭兵>は膝をついた。
アニキは長棒を放って捨てると、手の平を上に向けて四本の指を振った。
かかってこいという、挑発だ。
口から涎を溢す<傭兵>は獣のような唸り声を上げ、アニキに殴りかかった。
それからの勝負は、ほとんど一方的なものだった。
<傭兵>は果敢に何度も殴りかかったが、アニキの体に当たったのはほんの数発だ。
最期には、拳で顎を砕かれて絶命した。顔の半分がひしゃげる様を、僕はまともに見てしまった。
そのころには、もう生きてる<傭兵>は残っていなかった。
<ヒャッハー>の勝ちだ。
僕がホッと息を吐くと、アニキが手を差し出してきた。
助け起こされて僕が恐縮すると、よくがんばったと褒められてしまった。
僕は困ったような顔をしたんだろう。
アニキは苦笑しながら頭を撫でてきた。
僕はこの中で一番年下だ。
もちろん腕力なんてないし、経験だって浅い。もう何年もいっしょにいるけど、未だに見習い扱いだ。
この中で一番弱い<ヒャッハー>が僕だった。
息を吐くように人を殺す<ヒャッハー>だけど、付き合ってみると存外に良い人が多くて、逆に励まされたりしてる。
<傭兵>たちの車に目を向けると、何人もの<ヒャッハー>が積み荷を下ろしていた。
食料もたくさんあったみたいで、みんな歓声を上げている。
中には女物の服や装飾品もあるみたいだった。こんな時代でも、着飾る女の人はいるんだろう。
アニキはそれを見つけると、僕の前に持ってこさせた。
お前も年頃なんだし、こういうのは着ないのか?
と言われた。
僕は首を横に振った。だって今回、大して働いてないし、こういうのは娼館の姐さんたちに優先的に回されるべきだ。
他にも食料とかもらうんだ。ただでさえ見習いなんだし、そんな特別扱いは受けられない。
<ヒャッハー>たちは、なぜかすごく残念そうな顔をした。