プロローグ
プロローグ
瓦礫と錆びた鉄くずの景色を、数台の車が走っている。
僕がそんな光景を眺めていると、ポンと誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、そこには見るからに悪そうな顔をした男が立っていた。眉はなく、髪はトサカのように逆立ている。
裸の上半身にはとげとげのついた肩当てをしていて、手にはイボのついた金棒を握っていた。
さあ、これから人でも殺そうぜ。
――とでも言いそうな表情と格好だった。その後ろには同じような姿の悪党たちが、僕を囲うように佇んでいた。
ふと、思う。
僕が人生を間違えたのは、どのあたりだろう?
❁
十数年前のことだ。
大規模な地殻変動があったらしい。それが原因で、世界で一番大きかった大陸が何キロメートルも移動したという話だ。
建物が軒並み崩れるような地震はもちろんのこと、陸が沈み込んだ衝撃と重圧で世界中を飲み込む津波も起こった。
具体的にどれくらいの被害が起こったのか、当時は生まれてもいなかった僕は知らない。
とにかく、世界は呆気なく滅びた。
人類は戦争で自滅するほど愚かではなかったが、自然に打ち勝てるほど万能ではなかった。
自嘲してそう言ったのは、僕の父さんだったっけ。
生き残った人間は――最盛期の一パーセントにも満たない人数だそうだ――身を寄せ合って村を作っていた。大昔の見様見真似で畑を耕し、水路を引いて生活できるようにした。
最初の方はかなり悲惨だったらしく、病気ひとつで人は簡単に死んだらしい。がんばって村を作っても、疫病が流行って滅びることも珍しくはなかった。
そんな世界だから、ルールから外れた人間に与えられる罰は、村からの追放だった。
村の外には、何もない。
ただ、ひたすらコンクリートと錆ついた鉄くずが転がってるだけだ。
石の方は触っただけでボロボロ崩れるほど風化してる。
鉄くずの方は薄っぺらくなってあちこち虫食いみたいな穴が空いてる。
上から大きな石を落としてやると、グシャリと潰れる。子供のころは、よくそうやって遊んだ。
生き物は、いない。
強い風の音と、ときおり何かが軋む音が聞こえるだけだ。
寂寥とした死の世界。
村以外の世界は、死んでしまったんだ。
そして、僕はそこで生きていた。
なんでこうなったんだったか……。
とにかく、僕は父さんといっしょにこの場所に捨てられた。
父さんは最期まで違うと言っていたが、人を殺したことにされたらしい。
村の連中にしてみれば、誰か裁く相手がいればそれで良かったんだろう。惨めな父さんの姿を見て、僕はそう思った。
父さんは、放り出されてひと月で死んだ。
意外なことに、そのことを僕に謝りながら死んでいった。最期まで僕のことを心配してくれてた。
容疑の真相は分からないが、きっと父さんは善人だったんだろう。
でも、僕は善人じゃなかった。
死ぬのが嫌だった。
だから――――
❁
村と村とは、意外に行き来がある。
だいたいの村には大昔の施設がいくつか残っていて、その施設ごとにできることが違ったする。
大きな機械が残ってたりすると、それは「村」じゃなくて「街」なんて呼ばれたりもしてる。
そういった場所を目指して行き来する連中がいるんだ。
そんな人間は、必ず水と食料を持っている。
この死んだ世界ではどちらも手に入らないからだ。
今日も、遠くから誰かがやってくる。
水と食料を運んで。
瓦礫の陰からそれを見下ろしていると、ポンと誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、そこには見るからに悪そうな顔をした男が立っていた。眉はなく、髪はトサカのように逆立ている。
裸の上半身にはとげとげのついた肩当てをしていて、手にはイボのついた金棒を握っている。
さあ、これから人でも殺そうぜ。
――とでも言いそうな表情と格好だった。その後ろには同じような姿の悪党たちが、僕を囲うように佇んでいた。
ふと、思う。
僕はどこで人生を間違えたんだろう?
今さら考えても、意味はないんだろうけど。
どこからどう見ても立派な危険人物は、もう一度親しげに僕の肩を叩くと、乾杯でもするように金棒を突き出してきた。
危険人物たちに囲まれた僕は――――
――乾杯に応えるように、握っていたナタをぶつけた。
チン、と綺麗な音が響いた。
ヒャッハー!
歓声が上がる。
そのテンションには、未だにちょっとついていけないが、僕もいっしょになって歓声を上げる。
村の外の世界は死んでいる。
その死んだ世界で、僕は十年近く生き延びている。
こんなふうに、悪党のみんなと肩を抱き合ってヒャッハーと叫び声を上げて。
僕は、今日も元気に村人を襲って、食料を奪う。