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花びら浮かぶは湖の瞳

弦楽器ラストを飾るのは、ハープです。

活動報告の方で詳しく書くつもりですが、ハープのイメージ声優さんは、下野紘さん。ふにゃん、と少し抜けた可愛らしいハープ。

うちでは、フルートとできている設定になってます。

 「お、いたいた」

 思わず、口元がゆるむ。満足したねこの口で、ヴィオラが誰にともなく独りごちた。

 

 今日の探し人は、見つけにくいことこの上ない。


 決して、凡庸な容姿などではない。むしろその逆で、とても人目につく容姿をしているにも関わらず、何故か集団に紛れやすい。集団からはみ出ることもなく、突出することもなく、しかして、無視されるわけでもない。


 気付けばいなくなっていた。それが、今日の探し人である。


 そんなわけで、他の誰に聞いても、行方を知らない。そういえば今朝見かけた、そういえば昨日はどこそこにいた、なんて情報が得られるだけで、ちっとも現在の情報が掴めない。いや、厳密に言うと、それら全てを把握しているものが一人、いるにはいるのだが。その彼を捜すのも一苦労だったので、ヴィオラは結局、街をうろうろと歩き回って今に至る。

 当の本人はといえば、花束を片手に、ふわふわと妖精のような足取りで石畳の路地を歩いていた。


 「ハープ!」


 後ろから声をかける。口元にメガホンのように手をつけて、なるたけ響く声で。


 なのに。


 「あ、あれ?」


 他の通行人がヴィオラの声に反応する程度の声量だったはずなのに、呼びかけられた本人は、先程と変わらず、ほわんほわんと歩き続けている。


 「は、ハープ!」


 もう一度、今度こそは大声で、肩につくかつかないかのブロンドをきらきらと輝かせているハープの後ろ姿にぶつける。

 これで振り向いてもらえなかったら、走って追いかけるしかない。そう心の中で決めておいてから、ヴィオラは浮世離れたハープの背中を見つめた。

 ヴィオラの声は、風に乗って、石畳の路地を飛んでいったらしい。そう広くはない路地の両脇に細長く伸びた建物が、透き通った空に繋がっている。ふと歩みを止めて、ハープが顔を上げた。さら、とブロンドが肩に触れるのが見て取れる。音の風をしばらく眺めてから、ようやっとハープが肩からヴィオラの方へと向き直った。


 「あ」


 お世辞にも通る声とは言えないが、代わりに、天上の歌声もかくやとばかりの声でハープがヴィオラの姿を認めて微笑んだ。


 「よー」


 その場に立ち尽くしたまま、こちらへとは向かって来ないハープのおっとりさには慣れている。ヴィオラは、駆け足で近寄ってから、顔をほころばせた。


 久方ぶりに見るハープは、相も変わらず、爪の先まできらきらとしている。整えられた調度品のように輝くブロンドはさらさらと彼が首を傾げるたびに揺れ、透き通る湖色の両の眼は見つめる相手の心を映す水面のごとく。きっちりと第一ボタンまでかけられた白いブラウスに、ベルベットのリボンタイが映える。


 「ひさしぶり。元気?」


 心地良い声でハープが尋ねる。


 「おう、元気だぞ。ハープは? 元気か?」

 「ぼく? うん、そうだね。元気といえば、元気かな」


 言葉とは裏原に、長い睫毛を伏せて顔を俯かせるハープは、女の子であるツヴィの何倍も儚げにみえる。なんて言ったら、色んな方面からたこ殴りにされるかもしれない。そう思って、ヴィオラは個人的な感想を、個人的な感想のままに留めておくことにする。


 「どうした? 元気とかって言ってる割には、なんか暗いけど」

 「うん……」


 ふう、と甘いため息をつくハープは、物憂げな横顔で視線を上げる。


 「フルートにね。最近、会えてなくて」


 意外と家族意識の強い弦ファミリーにおいて、この少し変わった遠縁は、木管ファミリーのフルートとひどく親しい。それはもう、色んな噂が立つくらいに。


 「会えて、ない」

 「そう。なんだったっけ。木管アンサンブルだとか何だとかがあるんだって。つまらないよね。その間、ぼくはフルートに会えないんだもの」


 まるで恋人との関係を憂う口調を揶揄したかったのに、ハープはますますアンニュイな顔つきになった。ひく、とヴィオラの口元がひきつる。


 「ちなみに、最後に会ったのは、いつ?」


 何故、そんなことを聞くのだろう。自分自身に聞いてみたい。が、それももうあとの祭り。聞いてしまったものは、仕方がない。ハープの答えは、うっすらとしていた予感を、はっきりとした現実へと変えてしまう。


 「今朝」

 「け、今朝? って、今朝? 今日の朝?」

 「うん。朝は、フルートと一緒に過ごすって決めてるんだ、ぼく」


 天使のような純朴さで言い切られると、後光が差しているようにも見える。ヴィオラは眩しいものでも見たかのように目を細めて、わざとハープから視線を逸らせると、乾いた笑い声を上げた。


 「そ、そっか。ははは……。今朝ね……。毎朝ね……」


 何か、とんでもないことを聞いてしまう気がする。いやいや、気のせいだ。気のせいに違いない。毎朝、同じひとと一緒に時間を過ごすなんて、そんなの、普通に決まっている。みんなしていることだ。きっと、そうだ。そういうヴィオラは、毎朝、ひとりで起きているけれど。ヴァイオリンを起こしにいくことはあっても、チェロに起こしてコールをもらうことがあっても、毎朝会うなんてことはない。けど。きっと、それは、ヴィオラが変わっているからなのだ。


 無理矢理、自分をマイノリティーに仕舞い込んでから、ヴィオラはぶるぶると首を振って気分を切り替える。


 「あ、じゃあさ。今日のニュースは、ハープにとっては嬉しいものかもよ」


 じゃーん、と擬音語を口にしながら、楽譜を取り出す。


 「ドビュッシーのソナタ。ハープとおれと、それからフルートのメンバーなんだぜ。フルート、今は忙しいのかな? だったら、ハープの方からフルートに楽譜渡しておいてもらっても良い? で、ハープとフルートに都合の良い日があったら教えてよ。おれ、それに合わせられるからさ」


 てきぱきと、楽譜の中からハープとフルートのパートを抜き取り、持参していたファイルにそれらを入れると、ハープに手渡そうと差し出す。


 「知ってる? この曲。他のソナタに隠れて、あんまり知られてないかもしれないんだけどさ。めちゃくちゃ名曲なの」


と、ここまで語ってから、いつまでたっても差し出した楽譜が受け取ってもらえていないことに気付いた。


 「ハープ?」


 頼りなげな瞳は開かれたまま、華奢な首に支えられた顔はこちらを向いたまま。しかし、その薄い瞳は、ヴィオラのことを見てはいない。何故か、それだけは瞬時に理解出来た。


 「おーい。ハープ? ハープー?? おーいってばー」


 数度と言わず何度も呼びかけて、諦めようかと思った矢先。このまま声を上げていれば、自分だけが変質者のように思われるのではないだろうかと懸念したところだった。


 「あ。え? なに? ごめん、聞いてなかった」

 「いや、聞いてなかったのは、めちゃめちゃ分かってたけどさ」

 「え? なに? 聞こえなかったよ」

 「いやいや、今のはただの独り言」


 そうだ、そうだった。久方ぶりに会うから、久しぶりにこの天使の容貌を見たから、ころっと忘れていたけれど、ハープのマイペースっぷりはヴァイオリンが青筋を立てるくらいだったのだ。だからこそ、ヴィオラがこうしておつかいに出されているのだ。ツヴィはヴァイオリンのところを離れようとしないし、チェロはハープが話を聞かないとなると容赦なく無視してしまいそうだし、ダブルベースではハープが怯えかねない。

ハープは、無邪気な笑みを浮かべて、ひとり苦笑するヴィオラを眺めている。こほんと空咳をしてから、ヴィオラは頭を掻きつつ、

 「ごめんごめん。これ。今度、一緒にやろうよ。フルートも一緒にさ」

 「フルートも?」


 ぱあっと周辺が明るくなったような錯覚を覚える。

 フルートの単語に、ハープの顔色が途端に明るくなる。すべすべのほっぺたに紅を差して、相好を崩す彼に、ヴィオラは持っていた楽譜をもう一度差し出した。

上目遣いにヴィオラを見つめて、ハープが手にしていた花束を代わりに差し出した。


 「これ、お礼に。あげるね」


 ヴィオラが花束を受け取ると、ハープは両腕をクロスさせて胸の前で楽譜を抱いた。目を閉じて、楽譜にキスをするように顔を近づける。そして、花がほころぶような笑みを見せる。


 「ありがとう、ヴィオラ。今日、ちょっと落ち込んでたの。夕方までフルートに会えないから。でも、ちょっと元気出たよ。これ、フルートのパートはぼくから渡しておくからね」


 じゃ、と片手を挙げると、もう一度両手でしっかりと胸に楽譜を抱いて、ハープがきびすを返す。手を振りながら別れの言葉を口にするヴィオラを後ろに、ハープはまた、ふわふわとどこかおぼつかない足取りで路地の人混みの中に消えていった。


 「かわいいなあ、ハープは」


 思わずそう口にしてしまって、ヴィオラははっと口を押さえた。今のをフルートあたりに聞かれたら、阿鼻叫喚の地獄絵図が待っている。きょろきょろと周りを見回して、フルートの姿がないのを見てから、ヴィオラはほっと息をついた。


 「さ。おれは帰って、こいつを花瓶に入れてやらなきゃな」


 くるりとハープが行った方向とは逆に歩み始めながら、ヴィオラは鼻を動かして花束の放つ香りを吸い込んだ。


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