勇ましき乙女に勝つ術はなし
外道だー邪道だー腐ってるーなどと言われるかもしれませんが、この楽器擬人化では少々BL要素を入れていこうと思っています。
登録した際にもそう書いておいたので、ここに来られた方は、もれなくそういう準備が出来ていらっしゃいますよね?
では。
ツヴィの声は、田中理恵さんと沢城みゆきさんで未だ迷っています。沢城さんかなー……。ああでも、田中理恵さんも捨てがたい……。
ちょいと、フラグを立ててみました。
弦楽器もあともうひとりで全員揃います。お好きなカップリングをお楽しみくださいませ。
「貴方たち、どれだけのろまでとんまで愚鈍なの」
開口一番、そう言われた。ちなみに、まだヴィオラもチェロも、足を一歩も部屋に踏み入れていない。ドアノブに手をかけて、ドアを開くと同時に罵声を浴びせられた。
「いつもながら、手厳しいねえ。ふわぁ……」
あくびをしたせいで涙目になりつつ、チェロが言う。もっとも、その内容に反して、口調と顔からは微塵も気にしている態ではなさそうだが。
「あくびをしないで!」
「なーんで?」
柳眉を釣り上げて、ついでに声にも鋭さを付け足して注意をされても、チェロは穏やかな笑みを崩さない。
すげえなあ、チェロは。
他人事のようにヴィオラは感心する。
「何故って。そんなことも分からないの? 呆れた知能指数の低さね。お兄様も、さぞかしお困りでしょうに。貴方たちのような、動きものろければ頭ものろい、役立たず過ぎるひとたちの面倒をみさせられて、お兄様がお可哀そう!」
大袈裟に目の縁を人差し指で拭き取る仕草をすると、これまた大仰に手のひらで顔を覆ってみせる。
「えー。でも、ヴァイオリンって、意外と出来ない子だよね」
チェロの不用意な一言に、彼女、第二ヴァイオリンは今度こそまなじりをきっと吊り上げた。
「なんですって!」
「ねえ? ヴィーちゃん?」
「なんで、そこでおれに振るかな、チェロ!」
第二ヴァイオリンの視線が怖くて、ついついチェロに隠れつつそう言うと、チェロはまたしても悪意の感じられない笑顔で、
「だって、ヴィーちゃん、よくヴァイオリンの世話してるじゃない?」
「……なんですって?」
第二ヴァイオリンの声が下がった。と同時に、部屋の温度も下がった気がする。兄である第一ヴァイオリンそっくりの、絶対零度の視線で、ヴィオラはすでにここに来た目的を見失い始めていた。単刀直入に言えば、逃げたい。ものっそ、逃げたい。
「い、いや! おれ、おれなんて、全然。全然だって! ヴァイオリンの世話なんて、そんな大層なこと、出来ないよ。おれがやってるのなんて、すずめの涙みたいなもんだし」
恐ろしすぎて、彼女と目が合わせられない。一体どういう顔で、ヴィオラのことを聞いているのだろう? 気にならないといえば嘘になるが、それ以上に、本気で恐ろしい。
「分かれば良いんですけど。そもそも、貴方ってひとは」
「そのへんでやめておけ、ツヴィ」
「お兄様!」
最後の「!」は完全にハートマークがついていたと思われる。さきほど低くなった声も、瞬時に甘い声に変わる。
いつからそこにいたのか、というか、今まで何をしていたのか。お気に入りのカウチに彼にしてはリラックスしたいでたちで半身を預けているヴァイオリンは、やれやれと億劫そうに立ち上がった。す、とそこへ背筋を伸ばして立てば、たちまち、
「はあん! お兄様、素敵!」
と第二ヴァイオリンは、倒れそうになる自分の体を、壁に手をついて支えた。
「相変わらず、ヴァイオリンのフェロモンはだだ漏れだねえ」
「お前に言われたくない。年中誰かれ構わずべたべたしている節操無しが」
「やきもち?」
「そのおめでたい脳みそ、一度どこかでメンテナンスに出してもらえば良い」
「じゃあそのときは、ヴァイオリンも一緒にね」
にこにこと相好を崩さないものの、ヴァイオリンの辛辣な言葉に負けない受け答えをするチェロに、ヴァイオリンが目を細める。ヴィオラなら、その視線を受けただけで硬直してしまいそうなものだが、チェロは神経の太さが違うらしい。フレンドリーとしか形容出来ない完璧な笑顔をたたえたまま、白い歯を見せる。
「で? 今日、おれとヴィーちゃんを呼んだ理由は?」
「しと」
「大丈夫ですわ、お兄様! お兄様がその麗しいお声を煩わせませんとも、私がこのうすのろ昧者どもに、私がお兄様に代わって説明いたします」
言いかけた言葉を遮られて、しかも熱の籠った言葉でたたみかけられて、ヴァイオリンは少し気押されたか、ぱちぱちと瞬きをしてから神妙に頷いてみせた。満足そうに微笑んで、第二ヴァイオリンがくるりとヴィオラとチェロに向き直る。気高い頬笑みを浮かべる第二ヴァイオリンは、そうしていればとても高貴な者に見えるというのに。それを台無しにする見下し笑いで、彼女は一言だけ。
「死と乙女」
「カルテット?」
「それ以外に、なにがあると?」
「だって、リートもあるし、小説も映画も、それに絵画だってあるからさ」
「くっ! 何て生意気なの、チェロ!」
「それは、おれに、それはこっちの台詞だよ、とか安っぽいこと言わせたい釣り?」
「ああもう、チェロもツヴィもやめなよ!」
第二ヴァイオリンの眼に殺意が籠り始め、チェロの鷹揚な笑みが震えているのをみてとって、ヴィオラが慌ててふたりの間に割って入った。
「ほら、チェロもさ。ヴァイオリンが折角おれたちのこと呼んでくれたんだからさ。死と乙女、名曲じゃんか。ここは素直に喜ぼうよ」
ふーとこれ見よがしなため息をついて、チェロが一度目を閉じた。ゆっくりとそれを開くと、チェロの目の前でおろおろしているヴィオラをぎゅっと抱き締める。
「えええ、ちょっと、チェロ!」
「ヴィーちゃんは良い子だねえ。ツヴィに爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいよ。どうしてこうも違うかなあ。ツヴィ、ヴィーちゃんとよく曲中では組んでるのにさ」
「共通の目的があるからです。お兄様を引き立てるという……、お、お兄様? どうされました?」
「……ん?」
いつものヴァイオリンらしくない、心ここにあらずといった風に、ヴァイオリンが生返事を返す。
「チェロ」
「なあに?」
「離れろ」
「誰から?」
「それに決まっている」
それ呼ばわりされたヴィオラは、腕に込める力を強くしたチェロから逃れようともがいている。
「ヴィーちゃんのこと?」
「離れろ」
「どうして?」
「リハーサルを始めるぞ」
にやにやと興味津津の顔のチェロにきびすを返すと、ヴァイオリンは冷たい声音でオーダーを出し始める。
「ヴィオラ。譜面台の用意を。チェロ、椅子を定位置に置け。ツヴィ、楽譜を」
「はい!」
嬉々として第二ヴァイオリンが動き始める。まだ動こうとしないチェロと、動きたくても動けないヴィオラに侮蔑の視線を送ると、
「ほらほら。貴方たちが救いようのないお莫迦さんだってことは分かったから、さっさと用意をしてちょうだい。まさか、お兄様の的確なオーダーが理解出来なかったわけではないんでしょう?」
「手厳しいねえ」
どこか楽しそうに呟くチェロを見上げて、ヴィオラは情けない声を上げた。
「チェロー。いい加減、解放してよ」
カルテットのことで頭がいっぱいになってしまっていたヴィオラには、カウチで苛立ちを紛らわせようとしているヴァイオリンの姿は、目に入っていなかった。