神器
ご覧
白い花が咲いている
夢の果ての夢の地に
赤い花が咲いている
殺戮の終わった戦場の果ての墓場に
よく見てごらん
あの華は歌っているよ
奥の間までアリアが来ると、戸が勝手に開いた。
「お待ちしておりました。アリア様」
蒼みのかかった瞳に、ゆるくウェーブした長い茶髪の、巫女のような格好をした女性が話しかけた。
「お待たせしました」
アリアは律義に返す。
その言葉に、多少驚いたようだったが、何事もなかったように微笑んで言った。
「誓眞がお待ちです」
誓眞は祭壇の上で足を組み、堂々と待っていた。
生きている人間と、誓眞王以外の死霊が許されない行為だが、やってる本人は気にしない。
アリアはその前に跪く。
「美しい我が妹姫よ」
「はい。誓眞王」
「大戦の始まる前に、コレを」
「?」
ひとまずアリアは頭を上げ、聖安の持って来た物を受け取る。
紫色の上質な布に包まれた何かは、細長かった。
微かに、鈴の音が聞こえる。
「開け」
アリアは言われた通り開く。
「美しき我が後継者、天使の翼をもつ半エルフの姫君に」
「これは…?」
渡されたそれは、神器だった。
白く滑らかな棒身に、幾つもの水晶が繋がっている。
一連に必ず一個、紫水晶か月長石などが付いている。
龍のたてがみが水晶の連より長く垂れ、棒の先端には、月長石の月が付いている。
その付け根には、金と銀の鈴が一個ずつ付いていて可愛い。
「これは?」
「神器。幣って奴だよ」
「ん?幣って、紙か葉っぱが付いてるんじゃないんですか?」
「それは、巫女や氏子が持つ奴」
「では、これは?」
誓眞はにやりと笑って言った。
「陰陽師の持つ神器だ」
誓眞が言った途端に、世界が変わった。
一瞬にして、白い世界にアリアと誓眞と聖安は立つ。
ちりん
驚いて動いたアリアの幣の鈴が鳴る。
「アリア。聖安国の現王。“外された者”」
ぴくっとアリアが反応する。
誓眞は進み出ると、「夢幻泡沫」と書かれた紙を渡した。
「それは式神。俺が建国時に封じた奴でな。名を夢幻と云う」
アリアはそれを、子猫を抱くように優しく受け取った。
何故かは自分でもよく分からなかったが、そうするべきだと瞬時に思ったのだ。
「命令だ。アリア」
誓眞の声色が変わった。
戦い前に良く聞く響きの、緊張した声色だ。
「そいつと戦い、従わせろ。そいつを負かし、その者の主となれ」
アリアは、現王が初王に逆らってはいけないことを知っている。
式神を一瞥し、頭を下げる。
「御意のままに」
「では、夢幻解放!」
式神が光って、誓眞と聖安が退却した。
魔物は、虚ろな目でアリアを見た。
その身長は高いが身体はとても細く、すぐにでも折れてしまいそう。
白く長い髪は、ストンと垂れていて、艶は無い。
整った顔の左半分には、大きく生々しい傷跡があり、左目を塞いでいる。
誓眞とやり合った時に付けられたのだ。
それは、人間の青年のような姿をした、美しい魔物だった。
「…竜王に似てるかな」
ぼそっとアリアは言う。
「誰じゃ?」
薄い唇が動き、低い声が問うてきた。
「主は、誰じゃ」
虚ろな目に、微かに恐怖が渦めいている。
「私はアリア。アリア・セシリア・フェアリー」
アリアは、敵意のない微笑を浮かべる。
傷ついた獣をなだめるような表情だ。
「陰陽師か?」
夢幻はアリアの持つ幣を指す。
「ワタクシを封じた者が、確か、持っておった」
「誓眞様?」
「然り。しかり」
夢幻は、警戒したように見てくる。
刺すような視線だが、アリアは全く臆さない。
(虚ろだ。目が虚ろ。世界を映していない)
アリアはそう思った。
「ふむ。そう言えば誓眞様は、私に、貴方と戦えと命じた」
「ワタクシと…」
「戦え」に反応し、夢幻の眼に敵意が宿る。
「では、ワタクシは主を倒し、自由になる」
意志がこもった言葉だったが、相変わらず虚ろだ。
「やれるものなら、やってごらん」
アリアは魔力を解放した。
次回、バトル編。
夢幻の瞳に映るのは・・・。