戦場のファンファーレ
曇天の下
修羅の華々が狂い咲く
晴れか 雨には咲けぬ
血を纏った阿修羅華
一振りの剣に生を託し
風に吹かれる
紅蓮の華が舞う 散る
アリアは、いわゆる裸馬だが、装飾された防具を纏うユニコーンに乗っていた。
ユニコーンは、戦場には不釣り合いの純白。
布のような防具は銀で、サファイヤやエメラルドといった宝石が飾られている。
馬上のアリアの服装は、和服なのだが、動きやすいように裾は開いていて、白い右足が露わになっている。
低いヒールのブーツを履いていて、色は着物もブーツも白だ。
来ている防具が、竜のウロコを思わせる柄で、月と星と雲が大きく刺繍されている。
手の防具にも、小さな三日月が付いていて、なかなか可愛らしい。
髪は高く結いあげられ、飾り気はないが優美な、大きな簪(実は刃が仕込まれている)が王者の威厳を滲ませていた。
傍らには、夜叉が付き添っている。
彼は、青駒に乗っていて、こちらには鞍と手綱がちゃんとある。
服装は、防御する気の無いような赤い中華服だが、その下には、丈夫で薄い鎖帷子を着用していた。
得物は大剣と、馬に付けている長剣、腰には短剣と普通の剣を装備している。
髪は結っておらず、さっきから風になびいている。
ハチマキ的なアレで、一応、邪魔にはなっていないようだ。
ルカとドランは空中戦を行うので、アリアと夜叉とは別の区で待機している。
ロンドは、珍しく洋服を着こんでいて、銀の鎧を上着感覚で着ていた。
髪は高く結っていて、金色の“封印具”が髪留めの代わりをしている。
そこは、ハルマゲドンの審判者の領。
白く優美な城の城壁内。
草木は茂り、花は咲き、透き通った湖がある。
そこは、戦場とは思えない程に、美しく、“平和”な空間だった。
闇を滅すべく集った諸皆全てが、その景色を見て溜め息を漏らした。
「これは夢か?」と問う者も、少なくなかった。
だが、決して忘れてはならない。そこが、戦場であることを。
そして、天気は、曇りだということを。
✝
アリアが、フィアンを高々と掲げた。青い日が刀身を纏う。
「聞きなさい!集いし勇敢な友らよ!
時は来ました。
我らは闇を滅すべくここに集まりました。
夜の一座は、今や世界の脅威とも呼べるものにまでなってしまいした。
我らが戦わなければ、闇は世界を呑みこみ、光は失われるこどでしょう。
しかし、恐れてはなりません!
我らが恐れるは闇ではなく、自らが闇に呑まれること!
愛する者を護れぬこと!
剣を取れ!闇を斬りつけよ!
命を奪うその剣で、愛する全てのものを護りとおせ!!」
歓声があった。
誰も、「何を、女が偉そうに」などと言う者はいない。
その時夜叉には、アリアが、魔法界の神話に出る“月女神”に見えていたのだ。
月と、守護と、女と、狩猟、森を司る女神に。
勝利を呼ぶ、月女神に。
その場にいた者全てが、そう思った。
天と地で、激しい戦いが繰り広げられている。
ドランや、ほかのドラゴンの半獣は、空中戦を行い、敵を空から攻撃していた。
ルカも空中で、本物のドラゴンの手綱を握り、敵との空中戦を行っている。
遠距離攻撃部隊は、弓矢や魔力を使っての遠距離攻撃を行い、味方を援護。
ロンドは、単独行動要員だったので、一人でばっさばっさと敵を倒している。
ちょっと余裕ができると、血液をいただいたりもした。
彼は、吸血鬼だからである。
他の吸血鬼のごはん確保もしてあげているのだ。
アリアは、ユニコーンに乗って、ゆっくりと戦場を進んでいた。
夜叉は、アリアにくっついて護っている。
「夜叉」
「なんだ?」
「大丈夫?」
アリアは、そう聞いた。
なぜなら夜叉は、戦闘民族の刀矢で、こういう場では、血が騒いで仕方がないはずなのだ。
こんなにゆっくり進んでいては、本能がもたない。
案の定、彼のルビーの目には、戦いたいという欲求が見え隠れしていた。
「いっておいで。ただし、死ぬなよ」
「…悪い」
夜叉は、これ以上そこにいては本能が爆発するなと悟って、そそくさとアリアから離れた。
移動魔法で愛馬を城に戻し、暴れ始める。
荒々しく、破壊そのものを楽しむように、彼は剣を振るっていた。
だが、一体誰が気づいたであろう。
夜叉の眼に映っているのは、目の前の獲物共ではなく、敵の真ん中に降り立ったアリアであることを。
「フィアン。いくよ」
アリアの身体から、殺気が放たれた。
それは、ベールのようにアリアを包み、もうひとつの鎧となってまとわりついた。
一座の者は、一瞬、ひるんでしまった。
その一瞬、風が通り抜けた。
彼らが振り向くとそこには、白く大きな翼を持つアリアがいた。
その幻影を最後に、彼らは絶命して、身体は塵となって消えた。
それが、一座に入った者の、死後の定めである。
そうして、その者がどこから来たのか、何処で生まれ、どんな闇をもっていたのかという事柄は全て、闇に葬り去られるのだ。
アリアの剣は、青い残光を残しながら舞う。
囲まれれば、一人をジャンプ台にしてやや高く跳びあがり、回転しながらその場の全員を斬る。
アリア自身は、傷つけられてもすぐに治る治癒能力をもっているので、ケガをしてもそんなに支障はでない。
さっきちょっと足を斬られたが、痛みも感じないしもう治ったので、死の舞踏を続行する。
斬って斬って斬りまくり、振り向きざまに、小さな声で、斬った者に言う。
「来世では、よい生を」
戦場に、花が咲いた。
真っ赤な真っ赤な紅の花が。
戦場に、華が咲いた。
地に踊る白い華が。
咲いた。
ひとは、彼女を畏怖を込めてこう呼んだ。
「戦場の銀蝶」と。
踊る舞台は戦場。
色は刃、切っ先の銀。
月にたとえられる生き物の中から「蝶」を選んだ。名。
曇天の下 修羅の華々が狂い咲く
晴れか雨の時には咲けぬ 血を纏った阿修羅華
一振りの剣に生を託し 風に吹かれる
紅蓮の華が舞う 散る
ガァン!と、アリアの刃とグイルの刃がぶつかった。
恋い焦がれ、しかし、互いの心に気づけぬふたりは、再び戦場で会った。
「おかしいねえ。普通、王は安全なところで高みの見物してるモンじゃないのかィ?」
「グイル…いや、魔王よ。貴方も出てきてるじゃあないか」
「ああ。お前に会いたくって来ちまった」
「……」
一旦離れ、再び剣をぶつけ合う。
どうやら、グイルのも魔剣らしい。魔力が刀身をどす黒く染めている。
「その剣、お手製?すごいじゃない」
「そりゃどうも」
魔剣は、魔力を吸う物質を鉄に混ぜて造る物。
魔剣に込められた魔力は別として、その物質と、物質に合う鉄を見つけるのは大変だ。
どうやって見つけたのかと思ったが、それはそれ、恐らく、どこからか盗んできたのだろう。
「ちなみにこの魔剣はな、俺の魔力とお前の先代の審判者の魔力と命でできている」
グイルは突然、そんなことを言ってきた。
そうか、と、アリアは思い出す。
「先代、“陽王”は、グイルが殺したんだったか」
「ああ。でも奴の死を無駄にはしていない。見ろや。この剣の威力」
グイルは剣を振って、魔力を飛ばした。
アリアのフィアンの青い攻撃とは違って、グイルの攻撃は目に見えない。
アリアの味方軍はあっさりと倒れた。
慌ててアリアは、遠いその場所から治癒の術を掛けた。
だが何人かは手遅れだったらしく、治った人間が死んだ仲間の名前を呼んでいた。
「凄いな。よくこんな遠くから正確に味方を治療できるな」
そのほめ言葉に、アリアは無言で返した。
そして、まじまじと自分を思う。
「私は、こんなに残酷なこともできる男に惚れているのか」
改めて気づき、おかしくなってきた。
「グイル、私は…」
ポツリ、と、雫が落ちてきた。
アリアは言いかけた言葉を呑みこみ、空を見上げる。
グイルもまた、空を見上げていた。
「今日の分はここまでか」
グイルはそう呟いた。
撤退の角笛が吹き鳴らされ、敵味方全てが、ハルマゲドンから追い出される。
アリアとグイルは撤退の途中で振り向いて、目が合った。
一瞬時間が止まって、やがて、動き始めた。
次に招かれる時は、アルマゲドンに厚い雲がかかるその時だ。
あんまり、流血沙汰にはならなかったですね。
すいません。