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【1章-第四話】交渉成立。

花の、甘い香りがする。

上品で、まるで葡萄のガムのような。この目で見なくとも、近寄っては危険だと分かる。

そんな───


「...ん」

此処は一体、何処なのだろうか。

「あら、お目覚め?」

前方真正面から、誰かの声が聞こえてくる。

意識はまだハッキリとしないが、声の正体が無性に気になり、ゆっくりと起き上がってみた。


カルミアの花畑が一面に広がっている。

その真ん中に...一人の少女だろうか。

桃色の長髪に赤色の瞳を持ち、白い半透明なワンピースを着た人間がぽつんと立っていた。


見た目はどう見ても、見知らぬ少女。

しかし、こちらに向ける視線や表情は...


「...それがアスカの、本来の姿か?」

「よく分かったわね。

ええそうよ、どう?私を見て。何か感想は?」

彼女はどこか自信ありげな顔をしながら、私の顔をじっと見つめている。

「...可愛い子どもに見える。」

「あっそ。生きてた頃と足し合わせたら、全然貴方より年上なんだけど。」

ただ思ったことを正直に言ってみたが、どうやら彼女の気には召さなかったらしい。


「それで、ここは一体何処なんだ。」

「ここは私の隠れ家...なんていうのは嘘で、人間の魂を無理やり引き留めるための場所。と言えば、伝わりやすいかしら。」

「魂を、引き留める...」


御伽話のような話だが、現にこの世界に『魔法』というものが存在している時点で、何が起こったとしても不思議な状況ではないな。と、納得した。


「...懐かしい花。」

そう言いながら、彼女は花畑から一輪のカルミアを摘み取った。

「懐かしい?」

「私がかつて暮らしていた場所に。それはもう有り余るほどにね、咲いてた。」

「何処で暮らしていたんだ?」

「エスメダよ。もうとっくに、無くなってしまっているけど。」


エスメダは、かつてルマンと協定を結んでいた隣国だ。元々小さな国だったが、10年前に内乱が起きてからはルマンと統合し、今は1つの王都になっている。


「...この話は一旦お終い。昔話を長々と語るために、貴方を引き留めたわけじゃない。」

「分かってる。私と手を組まないか、という交渉だな。」

「そうね。でも少し、やり方を変えないといけなくなったみたい。」

「...どういう意味だ。」

「貴方が殺されるのは、想定外だった。」


そうか。私は既に、死んでいるのか。

分かっているつもりでも、こうして彼女と会話していると、中々実感が湧いてこない。


「それで、ここに繋ぎ止めるのに私の中に残っていた魔力を殆ど使い切ってしまったの。

だから一度、貴方の魂を別の肉体に移し替えないといけない。」

「...つまり“転生”か。」

「ええ、理解が早くて助かるわ。」


別の人間として人生を歩むことになるなんて、あり得ないと思うほど予測不能な出来事だ。

驚きのあまり動揺を隠せず、冷や汗をかいてしまう。


「安心しなさい。さっき、貴方は元の魔力量が私と同等に強いって言ったでしょ?

だから転生する先も自然と、魔力の強い人間が選ばれるはずよ。」

「それなら...だが君の存在は、どうなる?」

「勿論対価もなしに転生させてあげないわよ?

だから私は転生した貴方の体に取り憑いて、今の意識と姿を保ち続けられるように、魔力を分けてもらうわ。」

恐ろしい事を口頭で説明されている気がするが、目的の為ならどんな手段でもやってやると決めた以上は、致し方ない。


「ロスター・ハンドラ。

私を手を組みなさい。そして互いに、私達を貶めた者に復讐してやるの。」


まるで最初からこうなる事が決まっていたかのような口調で、私の前に手を差し出してくる。

「...その前に一つ、取引をしないか?

個人的な動機で復讐したとしても、それはただの自己満足に過ぎない。」


もし、やり直せるのなら。


「それに、私にはまだやり残した事がある。

ルマンに疫病が蔓延した原因も、フィナンド様があのような独裁を行っていた理由も。

全て解いてから、私は奴を...」


地の底まで叩き落として。


「───殺してやる。」

「...へぇ。

貴方でも、そういう目をするのね。」


「...さて、私の目的は今教えた。次は君の目的を教えてくれ。」

そう問いかけると、彼女は手に持っていた一輪のカルミアをじっと眺め始める。


「死ぬまで私を虐待し続けた傲慢な夫と、恋心を弄んでから最後に見捨てた自己中な男に、罰を。」


酷く悍ましい、特定の人間を恨む眼差し。

だがその瞳の奥に、彼女は悪ではないと分かるような、未来に希望があるという光を感じた。


「...そうか。」


何故だろうか。

私に誰かを思いやれる心なんて無いが、これだけはちゃんと、伝えないといけない気がした。


「目的の共有とはいえ言いづらいことだろう。

教えてくれて、ありがとう。」

「...別にこんなの、感謝されるようなことじゃないわよ。醜い話だもの。」

彼女は視線を横に逸し、複雑そうな表情で戸惑っている。


「そういえば、まだ本当の名を聞いてなかったな。君が嫌でなければ、知りたい。」

「...ヘスリア・グランセルよ。」

「待て、その名は...」


ヘスリア・グランセル。

15歳という若さながら誰もが見惚れるほどの美貌と魔力の強さを持ち合わせ、10年前にエスメダの国王陛下が直々に王妃として選ばれた少女だ。その2年後に、自害したとされているが...


「考え込んでるってことは、知ってるのね。」

「ああ。だが、単に知ってるからという理由だけで考えてるわけじゃない。」

「やっぱり貴方、面白いわ。探偵みたい。」

「止めてくれ。いつもの癖なんだよ...」

「ふふっ」


転生、か。

ヘスリアと協力し、復讐を果たせるのなら

悪くない方法かもしれない。

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