【第三話-前編】真実とアスカ・ナルミ
あれもこれもと準備している内に、あっという間に舞踏会の日がやってきた。
ここに勤め始めてからずっと、舞踏会に出ることを『好きでもない派手な衣装を着て社交的に振る舞い、華やかな場に居座り続けなければいけない苦行のイベント』としか思っていなかったが、まさかそれが今になって必要な情報収集の手段になるとは思いもしなかった。
気持ちの良い考え方でないのは重々承知の上だが、仕方のないことだと割り切る他ない。
「...さて、ホールに向かうとするか。」
華やかに装飾が施されたホールの内部は、各国のお偉い方や貴族の者たちで賑わっている。
私は自身の目論見が誰にも知られないよう、舞踏会に出席している1人の関係者として最低限の挨拶や会話をした。
舞踏会の一番のメインイベントと言っても過言ではない『バロックダンス』
私にとっては、皆の視線をホール内部からダンスの参加者達に逸せる、つまり王宮内の全部屋を捜索するにはうってつけの時間だ。
私は皆が踊りに夢中になっている隙にホールを抜け出し、各部屋に通じる廊下に出た。
辺りは人の気配すらも一切なく、不自然なほどに静まり返っている。警備は一人もいない。
普通の人間ならこの状況を“好都合”だと解釈するだろう。だが私は一瞬にして『全て相手の思惑通りだったか』と、気づいてしまった。
廊下に面した5つの部屋を一つ一つ確認する。
医務室、食堂...他の3部屋は、人が住んでいる気配のない空き部屋。しかし、内装の作りからして過去に人が住んでいた形跡はある。
「...妙に引っかかるな。」
2つの空き部屋のみ、医務室や食堂に比べ、古い木材特有の乾燥した埃っぽい匂いが一切しない。となると、比較的新しく作られた空間...
脳裏で様々な情報が浮かび上がってくる。
『この王宮に勤め始めてから“3年間”一度も治療薬は完成していない』
『アスカは“3年前”、不思議な目をした黒猫を追いかけ森に入り、引き返そうと後ろに進むも崖から転落。その後、王宮の庭で倒れていたところをフィナンド様が助け、条件付きで...』
『“3年前”に私は宮廷薬剤師として雇われ...』
嫌な予感がした。
もし私の推測が正しければ、この2つの部屋は3年前に増築されたもの。
増築された理由は恐らく、3年前に雇われていた薬師の中で“疫病を治す治療薬を開発できた"人物がいたこと。
そして、その人物ごと治療薬のサンプルデータと研究資料を、跡形もなく“処分”し
それ以降、薬を完成できるリスクのある者を毎年3名ずつ集めて“秘密裏に”殺すため。
だとしたら...
もう一度2つの空き部屋に入り、何か手がかりとなるものが無いか、内装を隈なく調べる。
至ってシンプルな設備。だがよく見ると片方の部屋のみ、東側に四角の白い枠線で囲われてるスペースがある。
「これは、一体なんだ?」
枠線の中にそっと指先を置いてみた。
「...っ!」
強い光とともに、一瞬目を閉じる。
光が収まり目を開くと、1枚の紙がひらひらと床に落ちていくのに気づいた。
紙を拾い、書いてある内容を確認する。
『-1823年11月6日-
被験者にB52xの治療薬サンプルを投与。
容態は安定し、病状に改善が見られる。
よって、被験者及び開発者、B52xを処分対象とする。』
「...やはり、か。」
私が感じた嫌な予感は当たっている可能性が高い。しかし、フィナンド様は何故資料をこのような場所に隠した?
ここは今、鍵もかかっていない空き部屋だ。万が一、誰かに見つかりでもしたら───
...わざと“見つかる”ように隠した者がいる?
「あら、いけないお方。」
「...っ!?」
後ろから聞き覚えのある声で話しかけられる。
つい先程まで人の気配は一切感じなかった。なのに、どうやってこの部屋に侵入者がいると気づいた?と考えながらすぐ後ろに振り返る。
「アスカ・ナルミ。やはり知っていたのか。」
「知っていた...というのは腑に落ちない表現ね。私はフィナンド様の命令でここに来たわけじゃないもの。」
「なら、何故ここに来た。」
「貴方が枠の中に手を置いた時点で、共犯者として相応しい存在だと分かったから。」
気味の悪い笑顔でこちらの目を覗き込むように、ゆっくりと近づいてくる。
「...どういうことだ。」
「この枠は私と同等に魔力が強い人間じゃないと視えないし、触ったところで反応すらしないの。まあ『鳴海明日香』という異世界人は、3年前に私が殺したんだけどね。」
「黒猫を追いかけ崖から転落し、ルマンの宮廷に飛ばされたというのは嘘なのか?」
「彼女の身に起きた出来事として、嘘“は”ついてない。ただ、王宮に忍び込むために魔力がない人間の肉体が一時的に必要だったから、私が黒猫の体を乗っ取って、彼女が自ら死体になってくれるように仕向けたってところかしら。」
つまり彼女がルマンに転移した時点で本人はとっくに死んでおり、彼女がアスカとして肉体を動かしているということか。
「...そこまでして、この王宮に来た理由はなんだ。」
そう問いかけた瞬間、彼女から笑顔が消えた。
冷酷な眼差しの中に、悍ましいほどに執念のような何かを感じる。
「───全ては、かつて私を貶めた者たちへの“復讐”のため。」




