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第5話 不確定要素 ― 合理的選択


茶の雫が床に落ちる音が、静寂の中で爆音のように響いた。

老婆の震えは、もはや恐怖によるものではなかった。

それは、獲物を仕留め損ねた捕食者の「怒り」に近い。


「……気づくのが、少しばかり早すぎたね」

老婆の声から、先ほどまでの掠れたノイズが消えた。

張りがあり、鍛え上げられた者特有の冷徹な響き。

彼女が懐に手を入れるより早く、犬が喉を鳴らし、梁の上の猿がクナイの柄を指に馴染ませた。


「動くな。……ばあさん、いや『掃除屋クリーナー』さんよ。あんた、誰に雇われた?」

犬の低い威嚇に、老婆は口の端を吊り上げた。


「……雇い主の名を明かす掃除屋がどこにいる?

……だが、そこの旅人さん。あんた、余計なことをしてくれたねぇ」

老婆の視線が旅人に突き刺さる。旅人は猿の手首を離し、ゆっくりとフードを深く被り直した。


「私はただ、不純なものが混じった茶を好まないだけだ。

……桃太郎。あんた、こんなところで死ぬ予定スケジュールじゃないだろう?」


桃太郎は、旅人が自分の名を呼んだことに驚きを見せなかった。

(……なぜ私の名前を知っている……)

桃太郎は刀の柄に手をかけたまま、

旅人と老婆、両方の動きを同時に視野に収める「周辺視」を維持した。


その瞬間、老婆が囲炉裏の灰を大きく巻き上げた。

視界が白く染まる。 老婆は、老いという名の「外皮」を引き剥がした。

くすんだ衣の下から現れたのは、年齢の分からない、不気味なほど引き締まった身体だった。


次の瞬間、彼女の刃が喉元へ届いた――ように見えた。

金属音。

桃太郎は最小限の動作でそれを弾き、逆に刃先を相手の首筋へ滑り込ませていた。

一瞬の静止。

互いの呼吸が、近すぎる距離でぶつかる。


「……見事だ」

旅人が、どこか他人事のように、小さく手を打った。


「一度は警戒したが、二度目のお茶で油断した。礼を言う」

桃太郎は旅人のほうに視線をやり静かに言った。

その声には、自分自身の判断ミスを冷静に「処理」した者特有の平坦さがあった。


そして、

桃太郎の刃が、彼女の喉元をわずかに押す。

「……なぜ、毒を入れた」


彼女は黙ったまま、視線を伏せた。


「殺すなら、さっさと殺せ、ここに長くいれば、いずれ――分かることだ」


桃太郎は、それ以上問わなかった。

最短の軌道で彼女の腹を蹴り、意識を断つ。

そして、物資でも運ぶかのように、軽々と彼女を肩へ担ぎ上げた。


外へ出ると、霧がまだ地面を這っていた。

旅人は、半歩遅れてついてくる。

「……置いていかないのか。足手まといになるぞ」


桃太郎は振り返らない。

「生きている以上、利用価値はある。……九条の首に届くまでの、な」


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