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第2話 出口戦略 ― 偽りの死

深い森を抜けると、目的の茶屋が見えてきた。

店先に腰を下ろしたのは、猿、犬、そして雉の三匹だけだった。

桃太郎の姿は、どこにもない。


ほどなくして、主人が店の奥から姿を現した。


「おやおや……桃太郎さんご一行ではねえか。えらい早いお戻りで」


主人は手慣れた様子で湯を沸かし、茶の支度を始める。

その動作に淀みはないが、視線はさりげなく三匹の背後――

誰もいない森の境界線をなぞっていた。


猿は深く俯いたまま、膝の上で拳を震わせている。

沈黙が重くのしかかる中、ようやく口火を切ったのは犬だった。


「……大将が、亡くなった」


その言葉が落ちた瞬間、雉が低く嗚咽を漏らし、

犬も堪えきれず声を上げて泣き出した。


猿は泣かなかった。

ただ、瞼の裏に溜まった熱いものを零さぬよう、

剥き出しの衝動を押し殺すように奥歯を噛み締めている。


主人は一瞬、茶碗を持つ手を止めた。


「……あの、桃太郎さんが?」


犬は答えず、ただ強く頷く。

頬を伝う涙を乱暴に拭い、膝を叩いた。


「命からがら運び出した金銀財宝もな……血吸川だ。

増水した流れに呑まれて、もうどうにもならねぇ」


「それは……」


主人は哀悼の表情を浮かべた。

だが、その視線は宙を彷徨い、

無意識のうちに“宝の行方”と、“血吸川へ至る経路”を

頭の中でなぞっているようだった。

前掛けを弄る指先が、小刻みに動く。


「さぞ、ご無念で」


主人は湯呑を並べ、声を落とす。

同情の形を保ったまま、探るような言葉が滑らかに続いた。


「……しかし、血吸川といっても広うございますな。

中ほどと申されましたが、あの辺りは流れも複雑だ。

岸なのか、淵なのか……

せめて場所だけでも分かれば、弔いの一つも立ててやれるのですが」


犬の嗚咽が、一瞬止まった。


猿は俯いたまま、静かに首を横に振る。


「……無理だ。夜だった。雨もひどくてな。

大将を抱えて逃げるので、精一杯だった」


「そうですか……」


主人は残念そうに息を吐いた。

だが、その目は猿の顔から一瞬も離れない。


「では――

宝を沈めたのは、何刻ほど前の話で?」


沈黙が、剃刀の刃のように薄く、鋭く伸びる。


これ以上は限界だと判断した犬が、

椅子を蹴るようにして立ち上がり、怒声をぶつけた。


「何度も言わせるな!

あの川に沈んだもんは、もう終いだ!

大将も、宝も!」


主人は、はっとしたように肩をすくめる。


「これは失礼を……

あまりにも、惜しい話なもので」


そう言って、ようやく問いを引っ込めた。


だが、引っ込めただけだ。

内側で燻る熱は、まだ消えていない。


猿は終始、口を閉ざしていた。

やがて、掠れた声を落とす。


「……大将は、故郷の村を守れと言ってた」


それ以上、誰も語らなかった。

三匹は、桃太郎の死を「確定」させるための沈黙を守り抜く。


やがて主人は、これ以上は無駄だと判断したのか、

気まずそうに店の奥へと引っ込んでいった。


店先には、手つかずの茶と、泣き伏す三匹だけが残された。


――ほどなくして。


茶屋の裏手から、一羽の伝書鳩が飛び立った。


森の影に身を潜めていた雉は、

その羽音と飛翔の軌道を鋭い眼光で捉える。


(……早い。即断か)


鳩は迷いなく高度を上げ、人里を越え、

山の稜線へと向かっていく。


雉は息を殺したまま、鳩の影を追った。

追うのは鳩そのものではない。

その先にある“接続先”だ。


茶屋の奥では、主人が湯を継ぎ足す音がしていた。

何事もなかったかのように。


だが、その手は先ほどまでとは違う速さで動いている。


血吸川――

その名を、主人は頭の中で転がす。


あの川には、流れを読むのが得意な若者がいる。

深みに潜ることを厭わぬ者もいる。

酒を一杯、言葉を一つ。

欲を分け合えば、動く駒には困らない。


(まだだ。まずは報告が先だ……)


主人は舌の奥で小さく音を鳴らし、

火を守るように湯を扱った。


今は動く時ではない。

だが、話を通すだけなら、危険は少ない。


雉は翼を震わせ、静かに地を蹴った。

雲へ紛れるほど高く、鳩の進路の延長線へ。


作戦は、第一段階を終えた。

情報は、すでに流れ始めていた。


そして同時に――

第二段階が、静かに起動した。

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