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アグリニオン戦記 外伝 大いなる兄弟喧嘩  作者: 田丸 彬禰


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12/15

弟VS兄

 ダニエルにとって父王に会うことは、「父王の安否が心配で戦場を抜け出した家族思いの気の利く男」を演出するだけ。

 本人の言葉を借りれば野暮用でしかない。

 「戦いの最中ですので」というひとことを残してすぐに自陣へと戻ると、待たせていたアントワーヌ・ブルターユとともにすぐさまグミエールの陣へと向かう。


 そして……。

 

「……お久しぶりです。兄上」


 もちろん当事者たちにとって今日は特別であり、長く感じていたことは理解できる。

 だが、実際にはダニエルはこの日の朝に兄と顔を合わせているのだから、「久しぶり」という言葉は適当なものとは言い難い。

 これは兄に対する盛大な嫌味。

 そして、その効果は十分にあったことはダニエルにその言葉をかけられた相手の表情をみればあきらかだった。

 ダニエルの言葉が届いてからたっぷりと時間が経ってからその男の口が開く。


「ダニエル」


「兄であり王太子でもある私にこのようなことをしてただで済むと思うなよ」


 その瞬間、嘲りの成分の濃い声が漏れ、それに倍するそれと同類の笑みが広がる。


「……なるほど」


「では、そうならぬように私は対処しなければならないようですね」


 ダニエルから兄の措置を告げられていたグミエールたちはダニエルが口にしたその言葉が何を意味するかすぐに察した。

 だが、その言葉を投げつけられた相手だけはそれがわからない。

 ダニエルの言葉の意味を盛大に取り違える。


「わかればいい」


「とりあえず縄を解け」


「そして、父上のもとに連れていけ。そこでおまえの言い分を聞いてやる」


「その前に着替えの服と酒を用意してもらおうか」


 その場に一番ふさわしくない言葉を口にしたアーネスト・フランベーニュを愚かだというのは簡単だ。

 だが、別の世界に溢れる物語に登場する理解力の欠片もない典型的馬鹿王子など実際のところそうはいない。

 そして、その稀な側に属していないアーネストにはこれくらいのことを言っても問題ないという彼なりの根拠があった。


 父が弟の暴挙を止める。

 

 そして、それは陣地を魔法攻撃をおこなったときに自身を避けていたことが理由となる。

 もちろん実際には別の理由で彼は攻撃されなかったのだが、少なくてもアーネストの目にはその様子はそう映ったのだ。

 さらに言えば、アーネストの推測どおり、実際に王はそのように動いた。

 つまり、アーネストの言葉は世間の常識からはかけ離れてはいても、王族というくくりだけで考えればまったくの的外れのものとまではいえなかったのである。


 自分は殺されないと思っている。


 そう察したフランベーニュ王国の第三王子は薄い笑みとともに口を開く。


「兄上……」


 ダニエルはことさら悲しそうな顔で兄に話しかける。


「実は、少し前に私の本陣が襲撃を受けました」


「首謀者はブリス・バレードン将軍の側近アルベルク・ジュメル准将軍。そして、同じ頃父上の陣も襲撃されました。指揮官はエゼネ・ゲラシド准将軍。彼も同じくバレードン将軍に下に置かれていた者です」


「彼らだって私や陛下の陣を襲ったらたとえ成功しても半分も生きては帰れないことは重々承知していたでしょう。当然酔狂ではできない。では、どういうときにそれがおこなわれるか?」


「彼らは軍人。もちろん命令があったからです」


「彼らの上官はバレードン将軍。命令は将軍が出したのでしょう。ですが、それをやって将軍が得る利などたかがしれている。では、私と陛下が死んで一番利を得るのは誰か?そう考えれば将軍の後ろに誰がいるかはあきらかでしょう」


 アーネストはここでようやく察した。

 ダニエルが何を言いたいのかを。 

 その瞬間アーネストの態度は一変する。


「ダニエル。私はそんな計画まったく聞かされていない」


 そこから凄い勢いでアーネストは弁解する。

 アーネストの言葉はまちがいなく真実を語っていた。

 だが、さすがにここまでこじれた状態では弟が兄の言葉を信じるのは難しい。

 兄の必死の弁解を冷めた表情で聞き終えたところでダニエルが口を開く。


「ですが、バレードンは兄上に近しかったのは皆の知るところ。そのバレードンが自身の側近を暗殺者として送り込んだのですよ」

「い、いや。それはおかしいだろう。その者たちが捕らえられれば、バレードンの名は必ず上がる。そうなれば私が疑われるではないか。そんなすぐに露見することを私がおこなうはずがないだろう」

「では、誰が指示したというのですか?」

「それは……」


 アーネストは必死に考える。

 当然である。

 これはあきらかな濡れ衣。

 だが、このままでは自分のもとに不名誉な死がやってくるのは確実。

 自分の代わりにそれを命じた者を見つけなければならない。

 

 そして、遂に行きつく。

 その人物に。


「バレードンにおまえと父上の暗殺を命じたのはカミールだ。それなら話の筋は通る。おまえと父上がいなくなり、私が国王殺しに関わったとなればたとえ王太子であっても王位は失われる可能性が高い。そうなれば、王位は奴のものになる」

「なるほど」


「そうやって手を組んだ弟を抹殺するつもりだったのですか」

「ち、違う」


「まあ、それはカミール兄さんに聞いてみればわかりますが……」


「それとは別に兄上にお聞きしたいことがあります。今回の決闘は私の勝ちだと認めますか?」


 ダニエルからやってきたその言葉。

 それを認めた場合、今度は敗者として差し出すものを示さなければならない。

 もちろんこれまで持っていたものすべてを奪われる。

 だが、ここで認めないとなった場合、最悪の事態が待っている。

 アーネストは再び考える。

 そして、思いついた答え。

 それがこれだった。


「カミールはどうした?」


 ちなみにこの時点でカミールが加わった中央部隊は崩壊している。

 だが、カミールの所在をダニエル軍は掴んでいない。

 ダニエルは少しだけ考え、そして答える。


「カミール兄さまを討ち取ったという報告はないですね」


「ということはまだ戦っているということか」

「そうなります」

「なるほど」


「私自身はここで終わりにしてもよいと思っているが、もうひとりの大将であうカミールが戦っている以上、そういうわけにはいかないだろう」


 そう。

 これはすべての責任をカミールに押しつけようというもの。


 アーネストとしては最善の策を示した。

 彼の中では。


 だが、これは自身にとっての最悪手となる。


「わかりました」


 先ほどまでとはあきらかに温度が違う声でそう応えたダニエルは大きく息を吐きだす。


「では、それはカミール兄さまに確認することにしましょう、ですが、すべての責任がカミール兄さまにあるのであれば、兄上は私にとってまったく用がない者ということになります」


「グミエール将軍」


「申しわけないのだが、剣を貸してくれ」


 グミエールから剣を受け取ったダニエルはアーネストを見やる。


「私は剣の心得というものがない。首を落とすという芸当はさすがに無理だ。だが、心臓を貫くことくらいならできるでしょう」


「首を落とされるより苦しむでしょうが、勘弁してください」


 もちろんそれが自身の最期を示しているのはあきらか。


「待て。ダニエル。望みがあるのならすべて聞く。勝者であるおまえが王位に就くことについても協力する。だから、命だけは……」


 涙ながらの哀願である。

 その兄を冷たい表情でダニエルが眺める。


「みっともな命乞いなどやめてください。自分が私の立場だったら侮蔑の言葉を並べながら首を落としたでしょう」

「そんなことはない。かわいい弟にそんなことはしない。だから、哀れな兄を助けてくれ」

「最後くらいフランベーニュ王国の王太子らしい姿を見せてください。兄上」

「では、父上に会わせてくれ。そこで申し開きをして沙汰を受ける」

「残念ですが、それはできません。なぜなら、父上は必ず兄上の助命に動く。私にとってそれは非常に都合が悪い。ですので、兄上はここで死んでもらいます」

「死ぬのは嫌だ。すべてを渡す。だから助けて……」


 アーネストは続きの言葉代わりに悲鳴を上げたものの、すぐに沈黙する。


 アーネスト・フランベーニュ。

 三十五歳。

 縄で縛り上げられたまま弟に刺殺されるという大国の王太子には不似合いな姿でこの日最期を遂げた。


「日頃威勢のいいことばかり言っていたが、結局それか」


 背中まで貫いた剣を抜き、たっぷりと浴びた返り血を吹きながら汚らわしいものを見るようにたった今死んだ兄に手向けの言葉を投げつけたダニエルは剣をグミエールへと返す。


「命乞いをする者を殺すというのは気分のいいものではないな。だが……」


「……やはり、これは私がやるべきことだ。他人に任せなくてよかった」


 そう呟きながら。

 そして、ダニエルはその剣を手にした男にもう一度声をかける。


「では、儀式が終わったところで続きを頼む。特にカミールの発見を最優先に」


「それから……」


「申しわけないが、この男の首を落としてくれ」

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