94話 夜明けの攻防戦
王都の東の空が、白み始めていた。
紫色の靄に覆われた街に、一筋の朝陽が差し込む。
それは、長きにわたる魔女の支配を終わらせるための、反撃の狼煙だった。
ドォォォォォンッ!!
爆音が静寂を切り裂いた。
王都の各地にあるマンホールや地下への入り口が一斉に吹き飛び、そこから武装した市民たちが湧き出したのだ。
「うおおおおおおッ!!」
「この国を取り戻せ!!」
怒号が響き渡る。
『暁の連隊』。
ガルフとミリアが率いる、数千の反乱軍だ。
彼らは武器を手に、あるいは農具を構え、街を巡回していた黒い鎧の騎士団に奇襲を仕掛けた。
「な、なんだ!? 貴様ら!」
虚を突かれた騎士たちが動揺する。
自我を奪われているとはいえ、予想外の事態に指揮系統が乱れているのだ。
「怯むな! 押せ押せぇぇッ!」
ガルフが先頭に立ち、機械義手で騎士を殴り飛ばす。
その背後には、粗末な軍服を纏ったミリアの姿があった。
彼女は剣を抜き、高らかに叫んだ。
「王国の民よ! そして誇り高き騎士たちよ! 目を覚ましなさい! 貴方たちが守るべきは魔女ではありません! この国の未来です!」
王女の声には、魔力ではない「カリスマ」が宿っていた。
その声を聞いた黒騎士の一部が、動きを止める。
呪いの下で眠っていた忠義心が、主君の声に反応しているのだ。
「……ミリア、様……?」
兜の下から、困惑の声が漏れる。
戦線が膠着する。
その隙に、市民たちがバリケードを築き、解放区を広げていく。
陽動は成功だ。
敵の主力部隊は、街中に現れた反乱軍の鎮圧に釘付けになっている。
◇
一方、その混乱の裏で。
王城の裏手にある通用門付近の茂みに、四つの影が潜んでいた。
カノアたちだ。
彼らは市街戦の喧騒を遠くに聞きながら、城への侵入経路を探っていた。
「……始まったね」
フィーネが長い耳をピコピコと動かし、戦況を探る。
「ガルフたちが派手に暴れてくれてるおかげで、こっちの警備はスッカスカだよ。……まあ、それでも結構な数がいるけど」
フィーネが指差す先。
通用門の前には、数十人の黒騎士と、数体の合成魔獣が配置されていた。
表が騒がしい分、裏口の守りを固めているのだ。
「どうする? 強行突破?」
ヒルダが『プロメテウス』の柄に手をかける。
彼女の表情は硬い。
そこにいるのは、かつての部下たちだ。
斬り捨てて進むことなど、彼女にはできない。
「いや。……殺さずに通る」
カノアは静かに言った。
彼の『心眼』には、黒騎士たちの鎧の下にある魂の色が視えていた。
灰色に濁ってはいるが、完全に死んでいない。
ミリア王女の声を聞いて、迷いが生じている。
「ヒルダ。アンタの顔を見せてやれば、道は開くかもしれない」
「……ええ。やってみるわ」
ヒルダは頷き、茂みから飛び出した。
カノアたちも続く。
「止まれ! 何奴だ!」
門番の騎士たちが槍を構える。
キメラたちが低い唸り声を上げ、飛びかかろうとする。
「下がりなさい!」
ヒルダが一喝した。
その声は、戦場を支配する雷鳴のように轟いた。
彼女は大剣を構え、堂々と騎士たちの前に立ちはだかる。
銀髪が風になびき、黄金の瞳が鋭く光る。
その姿は、紛れもなく彼らが知る「団長」そのものだった。
「ヒ、ヒルダ団長……!?」
「馬鹿な……死んだはずでは……」
騎士たちが動揺し、槍先が揺れる。
だが、キメラには言葉が通じない。
三体の獅子頭の魔獣が、主人の迷いを無視してヒルダに襲いかかった。
「危ない!」
ルミナが叫ぶ。
だが、ヒルダは動じなかった。
彼女は大剣の腹で、飛びかかってきたキメラの一撃を受け止める。
ガギィィンッ!
重い衝撃。だが、彼女の足は一歩も下がらない。
「悪い子ね。……少し大人しくしていなさい」
ヒルダが剣を振るう。
峰打ち。
だが、その質量は岩をも砕く威力だ。
ドォォン!
キメラが吹き飛び、壁に激突して気絶する。
「……ッ!」
残りのキメラも、カノアとフィーネが瞬殺した。
カノアは『黒鉄』の峰で急所を突き、フィーネは高速の蹴りで脳震盪を起こさせる。
誰も殺さない。
その圧倒的な実力差を見せつけられ、騎士たちは完全に戦意を喪失していた。
「……道を空けなさい」
ヒルダが、門の前に立つ隊長らしき男に歩み寄る。
「貴方たちの剣は、民を守るためのものだったはずよ。……魔女の奴隷に成り下がるために鍛えたわけじゃないでしょう?」
「う、うぅ……」
隊長の男が、ガクリと膝をついた。
兜の下から、涙がこぼれ落ちる。
呪いの強制力と、騎士としての誇り。その板挟みになり、彼らの心は限界だったのだ。
「……お通りください」
隊長が絞り出すように言った。
彼らは道を開け、ヒルダに向かって敬礼した。
敵としてではなく、上官に対する礼として。
「ありがとう。……後は任せて」
ヒルダは短く答え、門をくぐった。
カノアたちも続く。
無血開城。
ヒルダという存在が、最強の「鍵」となってこじ開けたのだ。
◇
城内に入ると、空気は一変した。
外の喧騒が嘘のように静まり返っている。
だが、その静寂こそが不気味だった。
廊下の壁には、毒々しい紫色の紋様が浮かび上がり、空間そのものがねじ曲がっているように感じる。
「……ヴィオラの結界だ」
カノアが『心眼』で探る。
城全体が、巨大な迷宮と化している。
物理的な構造を無視して部屋が繋がり、上下左右の感覚すら狂わされる魔の空間。
「ここから先は、ただ歩いていちゃ玉座には着けないぞ」
「ボクの出番だね!」
フィーネが前に出る。
彼女の長い耳がピクリと動く。
「……聞こえるよ。城の奥から、すっごく嫌な音がする」
それは、何かが肉を喰らい、咀嚼するような音。
あるいは、世界そのものが軋みを上げる音。
「ヴィオラだ。……あいつ、まだ何かをやってる」
カノアは愛剣を握りしめた。
急がなければならない。
魔女が完全に暴走し、取り返しのつかないことになる前に。
「行くぞ。……最短ルートで駆け抜ける!」
カノアの号令と共に、四人は城の奥へと走り出した。
待ち受けるのは、魔女の罠と、異形の番人たち。
そして、その最奥にいる、美しき狂気。
王都攻略戦。
その最終局面となる城内決戦が、今、幕を開けた。




