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90話 光響のプリズム


 森の奥から現れたのは、巨大な「悪夢」だった。


 ズズズズ……ッ!


 地面が大きく盛り上がり、腐葉土と泥を撒き散らしながら、その怪物は姿を現した。

 『腐食の王(ロット・ロード)』。


 見た目は、巨大なラフレシアの花に、無数の触手と根が絡みついたような異形の植物だ。

 花弁はドス黒く変色し、そこから滴り落ちる粘液が地面を溶かし、有毒な煙を上げている。


「……趣味が悪いね。ヴィオラのお気に入りは、どいつもこいつも胸焼けしそうなデザインだ」


 カノアは『黒鉄(クロガネ)』を構えながら、軽口を叩いて緊張をほぐした。

 だが、その『心眼エイドス』は冷静に敵の脅威度を測定していた。


 魔力密度が桁違いだ。

 この怪物は、森全体の植物と根を共有し、地脈から無限にエネルギーを吸い上げている。


「キシャアアアアアッ!!」


 腐食の王が咆哮する。

 同時に、無数の触手が鞭のようにしなり、カノアたちに襲いかかる。


「まとめて食われる! 四方へ散り散りに!」


 カノアの指示に、三人が即座に反応する。

 ドォォォンッ!

 触手が叩きつけられた地面が爆発し、深いクレーターができる。


「ヒルダ! 正面から押し切れるか?」


「問題ないわ!」


 ヒルダが大剣『プロメテウス』を構え、真正面から突っ込む。

 迫りくる触手の雨。

 彼女はそれを避けるのではなく、剣で弾き、あるいは鎧で受け止めながら前進する。


「そこを退きなさいッ!」


 一閃。

 極太の触手が数本、まとめて切断される。

 だが、切り口から緑色の泡が吹き出し、瞬く間に再生していく。

 切っても切っても、また生えてくる。


「もらった!」


 カノアが側面から飛び込む。

 ――『空間転移バウンダリー・ステップ』。

 ナイフを投擲し、敵の死角へ。

 黒鉄が閃き、怪物の花弁を切り裂く。


 だが、手応えが悪い。

 泥沼を斬ったような感触。コアがないのだ。


「鈍いね! そんなんじゃボクの尻尾も踏めないぞっ!」


 フィーネが戦場を駆ける。

 彼女は触手の上を足場にして、目にも止まらない速度で怪物の周囲を旋回し、敵を挑発していた。


『みんな! 聞こえる? こいつの音、変だよ!』


 『内緒話(ウィスパー・リンク)』が脳内に響く。


『心臓の音が一つじゃない! 地面の下、根っこの先……森のあちこちから、同じリズムが聞こえる!』


「……やっぱりか」


 カノアは確信した。

 この怪物は、ただの端末だ。

 森全体に分散している魔力供給源サブコアを同時に叩かない限り、何度でも蘇る。


 その時。

 腐食の王が、花弁を大きく広げた。

 中心にある口腔から、黄色いガスが噴き出す。

 猛毒の胞子だ。


「胞子か! ルミナ、あいつの毒気を払ってくれ!」


 カノアが叫びながら、ガスを避けるために後退する。


「うん!」


 ルミナが前に出る。

 彼女は共鳴石を掲げ、声を張り上げた。


 ――『聖詠アリア(ヴェール)』!


 清涼な緑の風が巻き起こり、毒ガスを押し返そうとする。

 浄化の光がカノアたちを包む。

 だが、敵の毒気が強すぎる。

 緑の風が、黄色いガスに侵食され、徐々に色が濁っていく。


「くっ……! 押し負ける……!?」


 ルミナの額に汗が滲む。

 相手は、この森全体の生命力を搾取して毒に変えている。

 個人の魔力で対抗するには、分が悪すぎる。


「ルミナ! 一旦下がるんだ! ヒルダ、ルミナを!」


 カノアが指示を変更する。

 だが、触手の壁が厚く、ルミナの元へ辿り着けない。

 フィーネが走り回って撹乱しているが、広範囲攻撃の前には彼女のスピードも無力だ。


 絶体絶命。

 毒の霧が、防御障壁をミシミシと圧迫する。

 喉が焼けるような感覚。

 視界が霞む。


(……足りない)


 ルミナは歯を食いしばった。

 私の歌が、弱いから。

 ただ癒やすだけ、ただ守るだけじゃ、この悪意の塊には勝てない。


 ――思い出して。


 ふと、心の中で声がした気がした。

 それは、過去の自分の声か、それとも共鳴石の導きか。


 ――貴女がこれまで歌ってきた歌を。

 ――全部、貴女の中に息づいている色たちを。


 ルミナの脳裏に、これまでの旅が走馬灯のように巡る。


 仲間を鼓舞し、戦う力を与えた『勇気の赤』。


 傷を癒やし、毒を払った『翠のヴェール』。


 全てを守る盾となり、海を凪いだ『蒼のアズール』。


 虚飾を剥ぎ取り、真実を暴いた『純白のブラン』。


 荒ぶる魂を鎮め、安らぎを与えた『夜想ノクターン』。


 そして、凍りついた心すら溶かした、愛の歌『深愛カリタス』。


 それらは、バラバラにあるんじゃない。

 混ざり合い、響き合い、重なることで、初めて「ルミナの歌」になる。


「……そうだ」


 ルミナの瞳が輝く。

 一つずつ歌うんじゃない。

 全部、同時に響かせるんだ。

 私の心にある、全ての色を束ねて!


「カノア、ヒルダさん、フィーネちゃん! ……私に、みんなの色を貸して!」


 ルミナが叫ぶ。

 彼女は共鳴石を両手で包み込み、深く息を吸い込んだ。


 イメージするのは、光の乱反射。

 全ての色が重なり合い、溶け合って生まれる、一点の曇りもない「透明な光」。


 カノアたちの視線が集まる。

 ルミナの身体から、眩い光の粒子が立ち上る。

 それは、今までのどの魔法とも違う、世界そのものを震わせる予兆。


 ――『聖詠(アリア)光響(プリズム)』!


 歌声が弾けた。

 瞬間、戦場を満たしていた毒々しい色が消え――そして、純白の閃光に塗り替えられた。


 キィィィィィン!!


 高周波のような共鳴音が響き渡り、毒の霧が一瞬で晴れた。

 それだけではない。

 カノア、ヒルダ、フィーネの身体が、白く輝くオーラに包まれる。


「な……なんだ、これ!?」


 カノアが自分の手を見る。

 力が溢れてくる。


 『赤』の攻撃力、『翠』の回復力、『蒼』の防御力、『白』の看破、『夜想』の精神耐性、そして『深愛』の結束。


 それら全てが同時に、しかも桁外れの出力で付与されている。


「体が……軽い! 傷も消えていくわ!」


 ヒルダが拘束していた触手を、ただの気合だけで引きちぎる。

 フィーネに至っては、その場に立っているだけで残像が見えるほど魔力が高まっている。


「すごい……! 全部乗せだ!」


 フィーネが歓声を上げる。


「これが……ルミナの新しい力……!」


 カノアは『心眼』でルミナを見た。

 彼女は歌い続けている。


 その場から一歩も動かず、祈るように目を閉じて。

 彼女自身は無防備だ。

 全ての魔力を、仲間の強化と環境の浄化に注ぎ込んでいる。


 この歌が続く限り、俺たちは無敵だ。

 だが、彼女が倒れれば全てが終わる。


「……守るぞ! そして、攻める!」


 カノアが剣を掲げる。

 純白の光を纏った『黒鉄』が、彗星のような尾を引く。


 毒も再生も関係ない。

 理不尽な森のルールを、光の歌声が書き換えていく。


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