表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/120

88話 四色の風


 フィーネの蹴撃によって核を砕かれた『嵐の王』は、断末魔を上げることもなく霧散した。

 主を失ったことで、渓谷の奥にそびえ立っていた黒い柱――『第三の楔』もまた、砂のように崩れ落ちていく。


 風が止んだ。

 頭上には突き抜けるような青空が広がっていた。

 久しぶりに感じる、穏やかな陽の光。

 それが、激戦の終わりを告げていた。


「……残るはひとつか」


 カノアは『黒鉄(クロガネ)』を鞘に納め、大きく息を吐いた。

 長い迷宮だった。

 視覚も聴覚も奪われる極限状態からの逆転劇。

 だが、今の彼らの顔に疲労の色はない。


 再会した仲間との絆と、完全な勝利がもたらす心地よい高揚感が、身体の芯から湧き上がっていた。


「それにしても、フィーネ。よくここが分かったな。俺たちも迷いかけてたのに」


 カノアが尋ねると、フィーネは長い耳を得意げに動かして答えた。


「ボク一人の手柄じゃないよ。……教えてくれた人がいたんだ」


「人?」


「うん。ザインだよ」


「……ザイン!?」


 カノアとヒルダが顔を見合わせる。


「そう、ボクがミラムの復興を手伝ってたら、ふらっと現れてさ」


          ◇


 ――オアシス都市ミラム。


 活気を取り戻した街角で、フィーネは瓦礫の撤去作業を指揮していた。

 そこへ、黒いコートの男が現れた。

 周囲の喧騒から浮くような、冷たい気配。


『……街は元通りか。悪くない』


 ザインは独りごちて、去ろうとした。

 フィーネは慌てて作業の手を止め、警戒心を剥き出しにして声をかけた。


『あんた! ザインだよね!?』


 フィーネは身構える。

 彼は魔女の配下だ。シレーヌが倒された今、報復に来たのかもしれない。


『……なんでここにいるの? まさか、また何か奪いに来たんじゃ……』


『勘違いするな』


 ザインは足を止め、面倒そうに振り返った。


『ギア・ガルドに少し用事があってな。……その帰りのついでだ』


『ギア・ガルド……?』


 フィーネは首を傾げた。

 魔女の手下が、職人の街に何の用があるというのか。

 だが、ザインの表情に嘘をついている様子はなかった。どこか、大きな荷物を下ろした後のような、微かな安堵すら感じられる。


『……用が済んだなら、さっさと帰ってよ。ここはもう、あんたたちの庭じゃないんだから』


『ああ、そうさせてもらう。……だが、その前に一つ教えてやる』


 ザインは西の空を指差した。


『カノアたちは今頃、南の火山を越えて、西の「風鳴りの渓谷」へ向かっているだろう』


『カノアたちが? どうしてあんたがそんなこと知ってるの?』


『理由はどうでもいい。ただ、事実を話しているだけだ』


 ザインは淡々と続けた。


『あそこは天然の迷宮だ。視界は遮られ、音は反響し、方向感覚を奪われる。……今の奴らには「目」と「剣」と「歌」はあるが……先を走り、道を示す「斥候」が足りん』


『……』


『奴らの能力だけでは、突破するのに何日かかるか分からんな。……その間に、ヴィオラ様の手が回れば全滅もあり得る』


 フィーネは拳を握りしめた。

 それは、遠回しな勧誘だった。

 「お前が必要だ」とは言わない。ただ冷徹な事実を並べて、彼女の焦燥感を煽っている。


『……それって、ボクに行けってこと?』


『さあな。私は事実を述べたまでだ』


 ザインは背を向け、歩き出した。


『行きたければ行けばいい。……奴らも、お前の到着を待っているかもしれんぞ』


 そう言い残し、彼は風のように去っていった。

 まるで、迷っていたフィーネの背中を押すためだけに、わざわざこの街に立ち寄ったかのように。


          ◇


「……ってことがあってさ。あいつの言い方はムカついたけど、ボク、居ても立っても居られなくなって!」


 フィーネがニカっと笑う。

 カノアは天を仰いだ。

 あの男、ヒルダから預かった「ミリア王女の結晶」をギア・ガルドへ届けるという約束を、本当に果たしたんだ。

 そしてその帰りに、わざわざルートを外れてミラムへ寄り、フィーネを焚き付けたのか。

 律儀というか、お節介というか。

 あるいは、彼なりに「ヴィオラを倒すための最強の布陣」を完成させるために動いていたのか。


「……感謝しなきゃな。あいつの『采配』のおかげで、最高のタイミングで合流できた」


 カノアは『黒鉄』の柄を握りしめる。

 ザインの真意は、まだ完全には分からない。

 だが、結果として彼の行動が、カノアたちを救い、勝利へと導いているのは事実だ。


「うん! それにね、あの人が教えてくれた通りだったよ。……みんな、ボクを待っててくれた!」


 フィーネが嬉しそうにルミナの手を握る。

 ルミナも涙ぐみながら頷き返す。


「待ってたよ。……フィーネちゃんがいなきゃ、ダメだった」


「へへっ。任せてよ。これからはずっと一緒だからさ!」


 四人の間に、温かい空気が流れる。

 一度は別れた道が、再び交わり、より太く強固な絆となって結ばれた瞬間だった。


 カノアは懐から地図を取り出し、広げた。

 北の雪山、南の火山、西の渓谷。

 三つの供給源を断った。


 王都を覆う結界は、すでにかなり弱体化しているはずだ。

 だが、まだ消えてはいない。

 最後の楔が残っているからだ。


「さて、と。……残る楔はあと一つ」


 カノアが指差す先。

 大陸の東側に広がる、未開のジャングル地帯。


「最後は東。……『深緑の密林』」


「大丈夫だよ! 道案内ならボクに任せて!」


 フィーネが胸を叩く。


「毒消しの薬草とか、危険な植物の見分け方なら、砂漠のオアシスでたっぷり仕込まれたからね!」


「頼もしいな。それに、ルミナもいる」


 カノアはルミナを見た。

 彼女の『聖詠アリア』は、今やカノアたちの生命線だ。

 毒や状態異常が相手なら、彼女の歌が最大の防御になる。


「うん。私も、もっと頑張る。新しい歌も、練習しなきゃ」


 ルミナが力強く頷く。

 彼女の中で、何かが芽生えつつあった。

 これまでの旅で得た経験、仲間との絆、そしてフィーネとの再会。


 それらが混ざり合い、新たな「色」を生み出そうとしている予感。

 全ての色を束ねる、虹の歌への予兆。


「よし、行くか!」


 カノアが歩き出す。

 四人の影が、渓谷の岩肌に長く伸びる。

 四つの色が混ざり合い、一つの強大な光となって、王都への道を切り拓いていく。


 彼らの旅は、クライマックスへと加速する。

 最後の楔を破壊し、魔女ヴィオラを引きずり出すために。

 東の空には、不気味な緑色の雲が渦巻いていた。

 そこには、これまでとは異質の、命を冒涜する「何か」が待ち受けている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ