表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/120

87話 風を追い越す再会


 風鳴りの中に混じった、軽快なタタッ、タタッというリズム。

 それは幻聴ではない。

 カノアの『心眼エイドス』が、砂塵の向こうから猛スピードで接近してくる、小さな生命反応を捉えた。


「……まさか」


 カノアが呟いた瞬間。

 脳髄に直接、クリアな声が響いた。

 耳からではない。


鼓膜の奥を震わせる、懐かしい『内緒話(ウィスパー・リンク)』。


『――みんな! ボクに任せて!』


 カノアたちがハッとする。

 次の瞬間、一筋のピンク色の閃光が戦場を駆け抜けた。


 ヒュンッ!!


 それは風よりも速く、目にも止まらない速度で空間を裂いた。

 ただ走っただけではない。

 閃光が通過した軌道上にいた「見えない風の刃」たちが、衝撃波によって弾き飛ばされ、霧散していく。


「な……!?」


 ヒルダが目を見開く。

 閃光は岩壁を蹴り、空中で急停止した。

 舞い上がる砂煙が晴れる。

 そこに立っていたのは、長くしなやかな耳を持つ、小柄な兎人族の少女。


「この声って……」


「フィ……」


 カノアが呆然と名前を呼ぼうとする。

 ルミナが、信じられないものを見るように、けれど瞳を輝かせて叫んだ。


「……フィーネ……ちゃん……」


 フィーネは、ニカっと笑ってピースサインを作った。


「みんな! お待たせ! 思ったより早かったでしょ?」


 その姿は、以前別れた時のような頼りなさはない。

 自信に満ち溢れ、戦場の空気を一変させるほどの存在感を放っている。


「……うん……! すっごく早くてビックリしたよ!」


 ルミナが涙ぐみながら答える。

 フィーネは鼻の下をこすり、得意げに胸を張った。


「へへ。……じゃあ、ボクがどれだけ速くなったのか……見せてあげるねっ!!」


 フィーネの姿がブレた。

 いや、消えた。

 カノアの『心眼』ですら、その初動を捉えきれないほどのトップスピード。


 ドンッ!


 空中で破裂音がした。

 フィーネが音速を超えた衝撃波だ。

 彼女は渓谷の複雑な地形をものともせず、壁から壁へとピンボールのように跳ね回り、見えない敵を次々と蹴散らしていく。


『そこ! 右斜め上!』


 フィーネの声が脳内に響く。

 彼女が通り過ぎた空間に、一瞬だけ風の歪み――敵の姿が浮かび上がった。

 彼女が高速で通過することで生じる風圧が、隠れている敵の輪郭を強制的に暴き出したのだ。


「見えたッ!」


 カノアが反応する。

 『心眼』が捉えた歪みの中心。そこに潜むコア

 カノアは『黒鉄(クロガネ)』を一閃させた。


 ザンッ!


 断末魔のような音と共に、風の塊が霧散する。

 だが、敵はまだ無数にいる。


『次! 左の岩陰! ヒルダ、しゃがんで!』


 フィーネの指示が飛ぶ。

 ヒルダが反射的に身を屈めると、その頭上をフィーネが飛び越えていった。

 ドガッ!

 ヒルダの背後から迫っていた風の刃を、フィーネが空中で蹴り砕く。


「遅いよ! あくびが出ちゃう!」


 フィーネは着地することなく、そのまま敵の懐に潜り込む。

 彼女の手には武器はない。

 だが、その脚力が最強の武器だ。

 旋風脚。

 加速を乗せた蹴りが、風の精霊を物理的に粉砕する。


 ドォォォォンッ!


 岩盤が砕けるほどの威力。

 物理攻撃が効きにくい相手すら、その圧倒的な運動エネルギーでねじ伏せていく。

 まさに、嵐。

 戦場を支配していた風の迷宮が、たった一匹のウサギによって掻き回され、崩壊していく。


「すごい……。以前とは桁違いね」


 ヒルダが舌を巻く。

 かつては逃げるためだけに使っていた足が、今は敵を翻弄し、仲間を導くための「翼」になっている。


『カノア! 正面! 一番デカイのが来るよ!』


 フィーネの警告。

 渓谷の奥から、巨大な竜巻のような魔獣が姿を現した。

 このエリアの主だ。

 竜巻は周囲の岩を巻き込みながら、カノアたちを飲み込もうと迫る。


「上等だ!」


 カノアが構える。

 だが、竜巻はカノアを無視して、チョコマカと動き回るフィーネに狙いを定めた。

 目障りな羽虫を叩き落とすように、全方位から風の檻を圧縮させる。


「フィーネちゃん!」


 ルミナが叫ぶ。

 逃げ場がない。完全に包囲された。

 だが、フィーネは不敵に笑っていた。


『へへっ。……かかったな、鈍亀!』


 フィーネはブレーキをかけるどころか、さらに加速した。

 地面を蹴り、壁を蹴り、そして――迫りくる風の檻そのものを足場にして蹴った。


「なッ!?」


 カノアが目を疑う。

 風を蹴る。

 圧縮された空気の壁を一瞬の足場に変え、彼女は竜巻の中心――台風の目へと飛び込んだのだ。


「ここだぁぁぁッ!」


 フィーネが回転し、遠心力を乗せた踵落としを、竜巻の核に叩き込む。


 ズドンッ!!!


 大気が爆発した。

 竜巻が内側から弾け飛び、拡散する。

 核を揺さぶられ、実体を維持できなくなった魔獣が、無防備な姿を晒す。


「カノア! トドメ!」


「ああッ!!」


 カノアは転移した。

 フィーネが作ってくれた、最高の隙。

 空中に放り出された魔獣の核を、『黒鉄』が正確に貫く。


 パキィィィィン……!


 核が砕け散る音が、渓谷に木霊した。

 風が止む。

 視界を遮っていた砂塵が晴れ、青空が広がる。


 カノアが着地し、剣を納める。

 その横に、フィーネが軽やかに降り立った。

 スタッ。

 砂埃一つ立てない、完璧な着地。


 彼女は振り返り、長い耳をピコピコと動かして、満面の笑みでニカっと笑った。


「ねぇ……これでもまだ、ボクって頼りないかな?」


 その言葉に、カノアは苦笑した。

 頼りないなんて、とんでもない。

 彼女がいなければ、今頃どうなっていたか分からない。


 誰よりも速く、誰よりも先を走る、頼もしい切り込み隊長だ。


「……フィーネ」


 カノアは真剣な顔で、彼女に向き直った。

 かつて、砂漠で別れを告げた時とは違う。

 今は、対等の仲間として。


「俺たちに力を貸してくれ。……君の力が必要だ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 フィーネの瞳が、嬉しそうに潤んだ。

 彼女はずっと、この言葉を待っていたのだ。

 胸を張って、カノアたちの隣に立つ資格を得る、この瞬間を。


「……喜んで!」


 フィーネが元気に答える。

 ルミナが泣きながら抱きつき、ヒルダが優しく微笑む。

 風の迷宮で再会した四人は、再び一つのチームとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ