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5話 鋼鉄の貴婦人

 

 コンテナの中に、静寂が満ちていた。


 ルミナの歌によって浄化された空間には、さざ波のような魔力の余韻が漂い、カノアの『心眼』にはそれが金色の粉雪のように美しく映っていた。


 その中心で、巨大な鋼鉄の騎士が、壁にもたれるように座り込んでいる。


 先ほどまでの殺意に満ちた威圧感はない。鎧の隙間から漏れ出る青白い魂の光は、風前の灯火のように頼りなく揺らめいていた。


「……大丈夫だよ、ルミナ。もう敵じゃない。……多分な」


 カノアはそう言って、警戒を解かないルミナの肩を軽く叩いた。

 そして、ゆっくりと鎧の騎士へと歩み寄る。


「おい、聞こえてるか? 鋼鉄の貴婦人さんよ」


「…………」


 返事はない。だが、カノアには視えている。

 鎧の奥にある魂が、混沌とした悪夢から覚め、自身の状況を理解しようと必死に思考を巡らせている様子が。


「……あ、なたは……」


 やがて、兜の奥から困惑に満ちた声が漏れた。

 それは戦闘時の冷徹な機械音声ではない。


 つやのある、落ち着いた大人の女性の声だった。


「目が……見えないの? それに、その顔の傷……」


「おっと、俺の心配はいい。それより自分の心配をしたらどうだ? 今のアンタ、中身がスッカラカンだぜ」


 カノアが皮肉っぽく笑うと、鎧の騎士はハッとしたように自身の手を見つめた。


 ガントレットに包まれた指。それを動かそうとするが、感覚がない。


 そこにあるのは、冷たい金属が擦れ合う音と、胸にぽっかりと空いた虚無感だけ。


「……そう、だわ。私、奪われたのね。あの魔女に」


 彼女の声に、深い絶望の色が混じる。

 カノアは黙ってその言葉を待った。


「私の名前はヒルダ。……かつて、この王国の近衛騎士団長を務めていたわ」


「近衛騎士団長……!?」


 ルミナが驚きの声を上げる。


 近衛騎士団長ヒルダ。


 その名は、王都に住む者なら誰もが知る「王国最強の剣」の名だった。女性でありながら騎士の頂点に上り詰めた英雄。


 だが、数年前に行方不明になったと噂されていたはずだ。


「ヴィオラは……私の剣技ではなく、私の『肉体』を欲したのよ」


 ヒルダは自嘲気味に語り始めた。

 鍛え抜かれた筋肉。傷一つない肌。完璧なプロポーション。


 美に執着する魔女にとって、ヒルダの肉体は最高の「器」だったのだ。


「『中身は無骨で可愛げがないけれど、ガワだけは上等ね』……あいつはそう笑って、儀式魔法で私の中身(魂)を引きずり出した。そして、この装飾用の甲冑にゴミのように捨てたのよ」


 カノアの脳裏に、自身の記憶がフラッシュバックする。


 瞳を奪われた時の激痛。喪失感。

 目の前の女性が抱える痛みは、カノアのそれと同質のものだった。いや、肉体全てを奪われ、冷たい鉄の牢獄に閉じ込められた彼女の絶望は、想像を絶するものかもしれない。


「……辛かったでしょう」


 ルミナが、そっとヒルダの腕――冷たい鋼鉄の腕に触れた。


「寒くて、痛くて……寂しかったでしょう」


 ルミナの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 彼女もまた、美貌を奪われ、化け物として石を投げられてきた被害者だ。ヒルダの痛みが、我が事のように分かるのだろう。


 その涙が鎧に落ちた瞬間、ヒルダの魂の炎が大きく揺らめいた。


「……貴女、名前は?」


「ルミナ、です」


「そう……。不思議ね。貴女の手、温かいわ。……私には、皮膚なんてないはずなのに」


 ヒルダの声色が、柔らかく変化した。

 それは、迷子が母親を見つけた時のような安堵に満ちていた。

 カノアはフッと鼻を鳴らし、愛剣を肩に担いだ。


「さて、湿っぽい話はそこまでだ。ヒルダさん」


 カノアは、空っぽの兜の奥にある魂の光を真っ直ぐに見据えた(心眼で)。


「俺たちはこれから、ヴィオラをぶっ飛ばしに行く。俺の瞳と、ルミナの顔を取り返しにな」


「……正気? 相手は国を影から操る大魔女よ。私ですら手も足も出なかった」


「勝算はある。俺には『心眼』があるし、ルミナには『歌』がある。それに――」


 カノアはニヤリと笑い、ヒルダの胸甲ブレストプレートを指先でコンコンと叩いた。


「俺たちには今、物理攻撃無効の最強の『盾』がいる」


 ヒルダは虚を突かれたように沈黙した。

 そして数秒後、兜の中から、くすくすという上品な笑い声が漏れ出した。


「ふふっ……あら、口説くのが上手ね、生意気な坊や」


「カノアだ。坊やはやめてくれ」


「いいわ、カノア。それにルミナ。……私の『体』を取り戻す旅、付き合ってあげる」


 巨大な鋼鉄の騎士が、恭しく騎士の礼をとった。

 その瞬間、カノアの『心眼』には視えていた。


 彼女の魂から溢れ出る色が、絶望の灰色から、燃えるような真紅――「闘志」の色へと変わる瞬間が。


 ◇


 夜が明けようとしていた。

 ゴミ集積所の東の空が白み始め、積もり積もった廃棄物の山が、朝日で黄金色に輝き始める。


 カノアたち三人は、隠れ家を出て歩き出していた。

 目指すは東。


 ヴィオラの影響が色濃いとされる交易都市『ベル・ルージュ』を経由し、王都へ至るルートだ。


「ここからベル・ルージュまでは、荒野を抜けて徒歩で三日はかかる」


 カノアは『心眼』で遠くを見据えた。

 王国の辺境にあるこのゴミ捨て場から、世界の中心である王都までは長い道のりだ。だが、彼の足取りは軽い。


「……長い旅になりそうだねぇ」


 背後でヒルダが、重厚な足音を響かせながら呟く。

 ルミナが不安そうにカノアの袖を掴んだ。


 カノアは彼女の手をしっかりと握り返し、前を向いた。


「ああ。でも、悪くない眺めだ」


 カノアの閉じた瞳の奥。


 そこには、虹色の魂を持つ少女と、真紅の魂を持つ騎士、そして広大な世界が、どこまでも鮮やかに広がっていた。

 

第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました。

これにて、序章が完結となります。

明日からは新章『ベル・ルージュ編』がスタートいたします。


ここで読者の皆様にお伝えしたいことがございます。

実は本作は、個人的に一度【最後まで書き上げた作品】を、Web連載向けに一から再構成・推敲して投稿しております。


その為、すでに物語の結末は決まっており、完結まで滞りなく更新していく予定です。

頻度としましては一日1~2回更新、余裕があれば3~4回程更新出来たらなと思っております。

最後まで物語をお届けすることをお約束いたしますので、どうぞ安心してお付き合いくださいませ。


お暇な時間に完結済みである前作

「咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜」もご覧頂けると更なる励みになります。


それでは、また明日の更新でお会いしましょう。

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