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46話 三つの色、一つの刃


 暴走した黒騎士の咆哮と共に、漆黒の魔力が嵐となって吹き荒れる。


「ガァァァァッ!!」


 理性を失った獣のような突進。

 だが、カノアはもう引かなかった。


「……見える」


 カノアの『心眼エイドス』が、黒騎士の動き出す直前の「意志の火花」を捉える。

 ザインとの特訓で掴んだ感覚。

 物理現象になる前の、因果の始点。


 黒騎士が大剣を振り下ろす。

 カノアはその軌道を読み切り、あえて懐へと飛び込んだ。


 ――『空間転移バウンダリー・ステップ』。


 フッ。

 刃が触れる寸前、カノアの姿がブレる。

 出現地点は、黒騎士の背後。


「遅いッ!」


 カノアは剣を使わなかった。

 全魔力を込めた回し蹴りを、黒騎士の膝裏に叩き込む。


 ガシャァッ!


 鋼鉄の鎧が悲鳴を上げ、黒騎士の体勢がガクリと崩れる。

 体術と転移のコンボ。

 剣だけでは崩せない鉄壁を、立体的な機動で崩していく。


「ヌウ!!」


 黒騎士が裏拳を放つ。

 カノアはそれを剣の腹で受け流し、衝撃を利用して後方へ跳ぶ。

 同時に、空中にナイフを3本投擲する。


「そこだ!」


 ナイフが空中で静止した瞬間、カノアは自身の体をナイフの位置へ連続転移させた。

 ジグザグに空を駆ける黒い稲妻。

 黒騎士が目で追えない死角から、カノアの剣が降り注ぐ。


 ガガガガッ!


 鎧に火花が散る。

 だが、黒騎士の防御は堅い。

 致命傷にならない。


「なら、力ずくでこじ開けるまでよ!」


 ヒルダが突っ込んでくる。

 カノアが作った隙を見逃さず、彼女は黒騎士の正面から組み付いた。

 その質量と、魔力強化された剛腕が、黒騎士の剣を押さえ込む。


「カノア! 今よ!」


「ああ!」


 カノアが着地し、構える。

 狙うは一点。

 黒騎士の胸の中央、心臓と融合している「呪いのコア」。

 普通に斬れば、師匠の心臓ごと貫いてしまう。

 だが、鍛え抜かれ昇華した『心眼』を手に入れた今のカノアには「線」が見えていた。

 心臓を傷つけず、呪いだけを断つ、極細の因果の糸が。


「ルミナ! 合わせてくれ!」


 ――アァァァァァ……!


 ルミナの歌声が響く。

 『聖詠アリア』。

 その清らかな魔力が、カノアの剣を虹色に染め上げ、刃の切断力を「概念」の領域まで昇華させる。


「ぬぅぅぅぅッ!!」


 黒騎士が咆哮し、ヒルダを振りほどこうと暴れる。

 呪いの魔力が暴走し、衝撃波となって周囲を薙ぎ払う。


「離さない……! 絶対に!」


 ヒルダが歯を食いしばり、耐える。

 鎧がきしみ、亀裂が入る。それでも彼女は、一歩も退かない。


 その刹那。

 カノアが踏み込んだ。


 『空間転移』・ゼロ距離。


 黒騎士の懐、心臓の目の前に、カノアが出現する。


「……師匠」


 時間が止まったように感じた。

 兜のスリットの奥。

 暴走する魔力の渦の中で、師匠の瞳が、一瞬だけカノアを見た気がした。


 ――やれ。


 声なき声が聞こえた。


「……これが、あんたが教えてくれた俺の剣だ!」


 カノアの剣が閃く。

 それは、師匠から教わった型を、カノア自身が昇華させた一撃。

 速く、鋭く、そして誰よりも優しい刃。


 ザンッ……!


 乾いた音が響いた。

 黒騎士の胸甲が弾け飛び、その奥にあったドス黒い「核」が、真っ二つに両断される。

 心臓には、傷一つ付けることなく。


「が、ぁ……」


 黒騎士の身体から、力が抜ける。

 漆黒のオーラが霧散し、その巨体がゆっくりと崩れ落ちる。


「師匠!」


 カノアは剣を捨て、倒れる師匠の身体を抱き止めた。

 兜が外れ、カランと音を立てて転がる。

 露わになったのは、無精髭を生やした、懐かしい顔。


 5年前より少し老けて、ひどくやつれてはいたが、それは間違いなくグレンだった。


「……カノア、か……?」


 グレンが、薄く目を開けた。

 その瞳には、もう操られている色はなかった。

 いつもの、ぶっきらぼうで温かい光が戻っていた。


「ああ……俺だよ」


「……でかくなりやがって。……重いんだよ、お前」


 グレンは苦笑し、震える手でカノアの頭を小突こうとしたが、力がなく、その手はカノアの頬を撫でるだけに終わった。


「師匠……!」


 カノアの目から涙が溢れる。

 勝った。

 取り戻した。

 5年間、ずっと後悔していた過去を、ようやく乗り越えられた。


 ルミナとヒルダも駆け寄ってくる。

 戦いは終わった。

 誰もがそう思った。


 だが。


 バリィィィィィンッ!!!


 空が、割れた。

 比喩ではない。

 黒の城の真上、夜空の空間そのものが、巨大な爪で引き裂かれたように亀裂を入れたのだ。


「……な?」


 カノアが見上げる。

 その亀裂から、ドス黒いヘドロのような魔力が滝のように溢れ出し、闘技場を浸食していく。

 そして、その中心から、一人の女が降臨した。


 豪奢なドレス。

 美しいはずの顔の半分が崩れ落ち、赤黒い筋肉が剥き出しになった、異形の魔女。


「……役立たずが」


 ヴィオラだった。

 彼女は、血走った目でカノアたちを見下ろし、憎悪を煮詰めたような声で告げた。


「私の番犬を壊した罪……その命ですぐに償わせてあげるわ……ドブネズミ共!!」


 絶望が、空から落ちてきた。


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