45話 深淵の咆哮
カノアと黒騎士が激突した瞬間、闘技場に爆音が轟いた。
キィィィィン!!
見えない斬撃。
黒騎士の剣は、カノアの『心眼』に映る3Dマップ上には存在しない。
だが、カノアは止めた。
愛剣を斜めに構え、空間の歪みから滑り込んできた刃を、ミリ単位の精度で受け流したのだ。
「……見えなくても、そこに『意志』があるなら」
カノアは鍔迫り合いの最中、ニヤリと笑った。
「アンタの剣は、俺に届かない!」
カノアが剣を弾く。
黒騎士の体勢がわずかに崩れる。
その隙を、カノアは見逃さない。
――『空間転移』。
フッ、とカノアの姿が掻き消える。
黒騎士が反応して剣を振るうが、そこにはもう誰もいない。
カノアが出現したのは、黒騎士の頭上だ。
「遅いね!」
落下の勢いを乗せた踵落とし。
黒騎士はとっさに腕をクロスさせてガードするが、衝撃で膝が沈む。
カノアは着地せず、そのまま黒騎士の肩を蹴って跳躍。
空中でさらにナイフを投げ、再び転移する。
右、左、背後、死角。
カノアは目まぐるしく位置を変えながら、連撃を叩き込んだ。
ザシュッ! ガガッ!
黒騎士の鎧に、浅い傷が刻まれていく。
マップ情報に頼っていた以前の戦い方ではない。
肌で感じる殺気、相手の重心移動、そして「師匠ならこう動く」という記憶の予測。
それら全てを直感で統合し、反射神経の限界を超えて動いている。
「……いい動きだ」
観客席の片隅。
フードを目深に被ったザインが、感嘆の息を漏らした。
彼は知っている。黒騎士の強さが、尋常ではないことを。
あれは人間をやめた化け物だ。
だが、カノアはその化け物相手に、一歩も退かずに渡り合っている。
「教えたことを、もう自分のモノにしたか。……やはり、あの男の弟子だっただけはある」
育成は成功だ。だが、ここからが本当の試練だ。
黒騎士――グレンという男の底は、こんなものではない。
魔女ヴィオラすら追い詰めた程の実力。その片鱗を黒騎士はまだ欠片しか見せていない。
闘技場の中央。
カノアの猛攻を受け続けていた黒騎士が、不意に動いた。
「……!」
カノアの背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走る。
『意志』が見えた。
だが、それは鋭い斬撃の予兆ではない。
もっとドス黒く、重苦しい……爆発の予兆。
「マズい……ッ!」
カノアは攻撃を中断し、全力でバックステップを踏んだ。
直後。
ドオオオオオオオォォォッ!!!
黒騎士を中心にして、漆黒の衝撃波が全方位に炸裂した。
カノアは吹き飛ばされ、地面を転がる。
闘技場の床が円状に抉れ、砂煙が舞い上がる。
「……ぐぅ、あっぶな……」
カノアは受け身をとって立ち上がる。
砂煙の向こう。
黒騎士が、ゆっくりと立ち上がっていた。
その全身から、赤黒い雷のような魔力がバチバチと迸っている。
グレンの固有能力『無我』による隠蔽すら捨てた、力の解放。
呪いが、カノアという脅威を排除するために、黒騎士の出力リミッターを解除したのだ。
「……ガ、ァァァ……」
兜の奥から、獣のような唸り声が漏れる。
殺気なんてものではない。
触れれば死ぬ。
生物としての格の違いを、本能が理解させられる。
「……第二ラウンドか?」
カノアは剣を構え直すが、指先が微かに震えていた。
『心眼』で見える未来の線が、あまりにも速すぎてブレている。
今の自分では、反応しきれない。
黒騎士が消えた。
転移ではない。純粋な脚力による超加速。
ガギィィィンッ!!
カノアは反射的に剣を盾にしたが、重すぎる一撃に身体ごと弾き飛ばされた。
壁に激突する。
肺から空気が絞り出される。
「がはっ……!」
追撃が来る。
黒騎士が、眼前に迫っていた。
大上段からの振り下ろし。
それは、カノアがよく知る師匠の必殺の型――だが、速度と威力が桁違いだ。
(……これは……死ぬ)
避けられない。
転移も間に合わない。
カノアの思考が白く染まりかけた、その時。
「させないッ!!」
横合いから、銀色の流星が突っ込んできた。
ヒルダだ。
彼女は全身のバネを使ってタックルをかまし、黒騎士の剣の軌道を強引にずらした。
ズガンッ!
黒騎士の剣が地面を砕く。
ヒルダはそのまま黒騎士の胴体に組み付き、押し込もうとする。
「カノア! 立って!」
「ヒルダさん……!」
「一人で抱え込まないで! 貴方はもう、一人じゃないって言ったでしょう!」
ヒルダが叫ぶ。
だが、黒騎士の力は圧倒的だった。
圧倒的重量を持つヒルダを、片腕だけで振りほどき、裏拳で殴り飛ばす。
ドゴッ!
ヒルダが吹き飛ぶ。
だが、その隙にカノアは体勢を立て直していた。
そして、もう一人。
――アァァァァァ……!
凛とした歌声が響き渡った。
ルミナだ。
彼女は観客席の最前列に立ち、共鳴石を握りしめて歌っていた。
『勇気の赤』。
身体能力を底上げし、恐怖を打ち消す闘志の歌。
カノアの体に、力がみなぎる。
震えが止まる。
視界がクリアになる。
「……ありがとな、二人とも」
カノアは剣を握り直した。
黒騎士が、ゆっくりとこちらを向く。
その瞳の奥には、もはや師匠の理性は見えない。ただ破壊を撒き散らすだけの暴風雨だ。
だが、怖くはなかった。
左には、立ち上がったヒルダがいる。
背中には、ルミナの歌がある。
「行くぞ、師匠。目を覚まさせてやる」
カノアは踏み込んだ。
一対一の決闘は終わった。
ここからは、総力戦だ。
観客席の闇の中で、ザインが口元を緩めた。
「……そうだ。個の武勇など限界がある。束ねて、抗え」
最強の矛、最強の盾、そして最強の支援。
三つの色が混ざり合い、深淵の闇を切り裂く光となる。
黒の城の頂上で、本当の戦いが幕を開けた。




