34話 ボクの得意なこと
決戦の直前。
地下室での作戦会議は、行き詰まりを見せていた。
テーブルに広げられた地図を囲み、カノアとヒルダが険しい顔で唸っている。
「……やっぱり、連携が取れないのが痛いか。俺たちは全員で足りないところを補い合って戦ってきたし」
カノアが地図の上で指を止める。
ルミナの歌で結界を破るには、一瞬の隙が必要だ。そのためには誰かが囮になり、敵の注意を引きつけなければならない。
だが、音のない世界では「今だ!」という合図すら送れない。タイミングがズレれば、待っているのは全滅だ。
「目配せか、ジェスチャーで合わせるしかないかしら」
ヒルダが腕を組む。
その横で、ルミナはちょこんと座り、不安そうに二人を見守っていた。
その隣には、フィーネも座っている。彼女は退屈そうに長い耳をいじりながら、ルミナの方をじっと見ていた。
「……うん、そうだね。大変そう」
不意に、ルミナが呟いた。
カノアとヒルダが顔を上げる。
「え? ルミナ、何か言った?」
「独り言?」
「あ、ううん。カノアたちじゃなくて」
ルミナは不思議そうにきょとんとして、隣のフィーネを指差した。
「フィーネちゃんと喋ってたの。『あの二人、さっきから顔が怖いね』って言うから。大変そうだねって答えたの」
「……ん?」
カノアが目を丸くする。
ヒルダも首を傾げた。
「ルミナ……? フィーネちゃんはさっきから、一言も喋っていないわよ?」
「えっ……?」
ルミナが固まる。
彼女は恐る恐る隣を見る。
フィーネは口を一文字に結んだまま、「あちゃー」と言いたげに自分の長い耳を手で覆っていた。
「……フィーネ?」
カノアが詰め寄る。
彼の『心眼』には、フィーネからルミナに向かって、極細の魔力の糸のようなものが繋がっているのが視えた。
「……今、何した?」
「あー……えっと、その……」
フィーネはバツが悪そうに視線を逸らし、ボソボソと白状した。
「……『内緒話』だよ。ボクの種族の、ちょっとした特技」
「内緒話?」
「うん。……特定の相手の鼓膜だけを震わせて、声を届ける遊びみたいなもんだけど」
フィーネは「大したことないでしょ?」と言いたげに肩をすくめた。
彼女にとっては、家族にイタズラを仕掛けたり、こっそりお喋りをするための日常的なスキルに過ぎないのだろう。
だが、カノアの反応は違った。
彼は一瞬ポカンとして――次の瞬間、ニカっと笑った。
「……それだ」
「はえ?」
「それだよ! 俺たちが探してた『線』は!」
カノアは興奮気味にフィーネの肩を掴んだ。
「これがあれば、シレーヌの結界なんて関係ない! 声を出さずに、完璧なタイミングで連携が取れる!」
「ええっ!? で、でもこれ、ただの内緒話だよ!? それに、使うと魔力が見えちゃうから、敵に居場所がバレちゃうし……」
フィーネが慌てる。
彼女にとって、それは「見つかったら負け」の遊びであり、命がけの戦場で使うような代物ではないという認識だったのだ。
魔力の糸が見えるということは、敵に「ボクはここにいます!」と叫んでいるようなものだ。
「バレていいんだよ。……いや、むしろバレてくれた方がいい」
カノアは悪戯っぽく笑い、フィーネの鼻先を指差した。
「君が敵のど真ん中で、派手にその『内緒話』を使ってくれ。そうすりゃ、敵の意識は全部君に向く」
「えぇ……それって、ただの的じゃん……」
「その代わり、誰にも捕まらないだろ? この砂漠で一番速いウサギなんだから」
カノアの言葉に、フィーネはポカンとして――やがて、その頬が少しずつ赤らんだ。
自分の「遊び」が、最強の「作戦」になる。
そして、自分が一番自信のある「逃げ足」が、仲間を守る「盾」になると言われたのだ。
「……もぅ。ウサギ使い荒いなぁ」
フィーネは鼻をすすり、ニッと笑って立ち上がった。
「いいよ。やってやるよ! ……ボクの内緒話で、あの魔女をパニックにさせてやる!」
◇
そして今。
夜明け前のミラム中央広場。
ピンク色の影が、静寂を切り裂いて飛び出した。
フィーネだ。
彼女は広場の真ん中、シレーヌの目の前に仁王立ちすると、ニシシと笑って耳を立てた。
「おーい! 陰気な魔女さん! ボクと『内緒話』しない?」
音のない世界。
だが、彼女の放つ挑発的な魔力の波長は、シレーヌの神経を逆撫でするには十分だった。
「……あの時の兎。まだ生きていたの」
シレーヌの目が冷たく細められる。
無数の水弾が生成され、フィーネめがけて殺到する。
ヒュンッ!
音なき弾丸。
だが、フィーネはそれを見もしないで跳躍した。
(風切り音、左3、上1!)
彼女の耳が、微細な空気の揺らぎを捉える。
そして、その情報は『内緒話』を通じて、路地裏に潜む仲間たちへ瞬時に送信される。
『カノア! 今だよ! 右側がガラ空き!』
「了解。……ナイス誘導だね、フィーネ」
闇の中で、カノアが笑う。
彼の『心眼』に、フィーネから送られてくる聴覚情報が重なり、完璧な空間把握(3Dマップ)が完成する。
「行くよ、ヒルダさん、ルミナ」
カノアがルミナの手を握る。
ヒルダが音もなく大剣を構える。
――『空間転移』。
フッ、と三人の姿が掻き消えた。
出現地点は、フィーネが指示した死角。シレーヌの背後だ。
「はぁぁぁぁッ!!」
ヒルダの一撃。
大剣がシレーヌの魔力障壁を叩き割る。
「なッ……!?」
シレーヌが驚愕に目を見開く。
音が消えているはずなのに。連携が取れないはずなのに。
なぜ、こんなにも正確に背後を取れる?
『へへっ、驚いた? これぞ「逃げ足」と「内緒話」の合わせ技だよ!』
フィーネの声が、カノアたちの脳内に響く。
彼女は広場を駆け回りながら、シレーヌの意識を撹乱し続けている。
水弾が彼女の足元を抉るが、当たらない。
速いだけじゃない。予測不能なジグザグ軌道。
逃げることに関しては天才的なその動きが、今は最強の「踊り」となって戦場を支配していた。
「ちょこまかと……目障りよッ!」
シレーヌが苛立ち、広範囲魔法を発動しようとする。
その隙を、カノアは見逃さない。
「ルミナ、今だ! 特訓の成果を見せてやれ!」
カノアが叫ぶ(声は出ないが、心は繋がっている)。
ルミナが前に出る。
彼女は共鳴石を両手で包み込み、深く息を吸い込んだ。
イメージするのは、針。
冷たく、鋭く、静寂の壁を一点突破で貫く、青い氷柱。
――ィィィィィンッ!!!
声なき絶叫。
だが、その「波長」は確実に空間を震わせた。
シレーヌの展開していた『静寂結界』の表面に、ピキッ、と亀裂が走る。




