表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/93

27話 砂塵の予感


 鉄機都市ギア・ガルドを背にしてから、数日が過ぎていた。

 カノアたち三人は、東へと続く荒野の街道をひたすらに歩いていた。

 背後には、遠ざかる都市の煙突群が蜃気楼のように揺らいで見える。


 別れは、あまりにあっさりとしたものだった。

 ミリア王女をガルフたちに託し、そのまま振り返ることなく出発したのだ。

 名残惜しむ時間はなかったし、何より立ち止まれば決意が鈍る気がしたからだ。


「……ふぅ。砂埃が酷くなってきたわね」


 最後尾を歩くヒルダが、立ち止まって一息ついた。

 その背中には、もうあの大剣はない。


 あるのは旅の道具を詰めたリュックサックだけだ。

 彼女の鎧は、ルクスとの戦いで負った傷や焦げ跡が残ったままだ。関節部分からは時折、油切れのような軋んだ音が鳴る。

 万全の状態とは程遠い。


「大丈夫? ヒルダさん。やっぱり、ガルフに無理言ってでも直してもらうべきだったんじゃない?」


 カノアが気遣わしげに声をかける。

 だが、ヒルダは首を横に振った。


「いいえ。これ以上、彼らに甘えるわけにはいかないわ。ミリア様を守ってもらうだけで、十分すぎるほどの借りだもの」


 ヒルダは自身の右腕の傷だらけの鋼鉄のガントレットを握りしめ、確かめるように動かした。


「それに、この傷も悪くないわ。私が騎士として戦い抜いた証であり、これからは『ただのヒルダ』として生きていくための勲章みたいなものよ」


「……へえ。言うようになったじゃん」


 カノアはニヤリと笑った。

 剣を失い、鎧も傷ついている。だが、彼女の魂の色は、以前よりもずっと力強く、輝きを増していた。


「武器がないなら、この身一つが武器よ」


 ヒルダは拳を空に突き出した。


「これからは仲間を守る『盾』であり、敵を粉砕する『ハンマー』になる。……物理無効の鉄塊が突っ込んでくれば、大抵のものは壊れるでしょ?」


「違いない。『人型攻城兵器』の誕生だな」


 カノアは肩をすくめた。

 頼もしい仲間だ。装備の性能など関係ない。その覚悟さえあれば、彼女は最強だ。


「……カノア」


 隣を歩いていたルミナが、小さな声で呼んだ。

 彼女は風で飛ばされないように、顔につけた仮面を片手で押さえている。


 ヴィオラの呪いによって爛れた皮膚。

 仮面の上からでも砂塵が舞うこの荒野では、風に晒されるだけで痛みが生じるのだろう。彼女の魂の色が、微かな苦痛で波打っているのをカノアは見逃さなかった。


「大丈夫か? 少し休む?」


「ううん、平気。……それより、これ」


 ルミナが差し出した手には、淡く光る青色の石が握られていた。


「これ、鏡華宮の実験室にあったやつだよね? カノアが持ってきてくれた」


「ああ。『共鳴石』だ。ヴィオラが音響実験に使ってたっぽい」


 カノアは頷いた。

 ミリア王女を救出した際、部屋の隅に転がっていたのをくすねてきたのだ。


「今回の戦いでわかったの。私の歌は、もっと強くなれるって」


 ルミナは共鳴石を大切そうに胸元で握りしめた。

 ルクスとの戦いでは、ヒルダへの強化バフで勝利に貢献した。だが、ルミナ自身はまだ「守られる存在」の域を出ていないと感じていたのだ。


 白い仮面の奥にある瞳には、かつてのような怯えの色はない。あるのは、もっと強くなりたいという切実な願いだ。


「もっと、カノアたちの力になりたい。……この石を使って、私の声を遠くまで、もっと強く響かせる練習をするの」


「へえ。……自分の声を武器に?」


 ルミナの『聖詠アリア』は、精神や環境に干渉する強力な魔法だ。それを自在にコントロールし、指向性を持たせることができれば、単なる支援役を超えた、戦場の支配者になり得る。


「焦らなくていいさ。次の目的地までは長い旅になる。歩きながら、たっぷり特訓しようぜ。俺が『心眼』でコーチする」


「うん! お願い!」


 ルミナが嬉しそうに微笑む気配がした。

 特別な装備も、万全のメンテナンスもない。

 傷ついた鎧と、呪われた顔を隠す仮面。


 けれど、彼らには確かな絆と、それぞれの胸に秘めた決意があった。

 奪われたものを取り返す。その目的のためなら、どんな過酷な道のりも乗り越えられる。


 彼らが目指すのは、この荒野の先にある広大な乾燥地帯『黄昏の砂漠』だ。

 王都へ至る最短ルートだが、一年中激しい砂嵐が吹き荒れ、凶暴な魔獣が跋扈する危険地帯として知られている。


          ◇


 その砂漠の入り口付近。

 赤茶けた岩肌が切り立つ崖の上に、二つの影があった。


 一人は、黒い狩猟服を纏った男――調教師ザイン。

 先日、森でカノアたちと接触し、撤退した男だ。彼は眼下の街道を進む三つの豆粒のような影を、冷徹な目で見下ろしていた。


「……来たか。あれが、ヴィオラ様を悩ませる『毒』か?ザイン」


 もう一人の男が、下卑た笑い声を上げた。

 砂漠の民のようなゆったりとしたローブを纏い、全身にジャラジャラと悪趣味な金細工をつけた肥満体の男。

 彼が指を動かすたびに、周囲の砂がざわざわと蠢き、まるで主人の命令を待つ忠犬のように形を変える。


「ああ。油断するなよ、ガロ。……ナルシスもルクスも、奴らに敗れた。特にあの盲目の剣士は、私の鞭すら見切った」


 ザインが淡々と警告する。

 だが、『砂棺さかんのガロ』と呼ばれた男は、鼻で笑い飛ばして唾を吐いた。


「ケッ、あの美学かぶれの馬鹿どもと一緒にすんな。俺はリアリストだ。……それに、ここは俺の庭だぜ?」


 ガロが指を鳴らすと、崖の下の砂漠から、ズズズ……と巨大な何かが隆起した。

 現れたのは、巨大なあぎとを持つ『砂鮫サンドシャーク』たちだ。


 その数、数十匹。

 砂の中を水中のように泳ぎ、獲物を足元から食らいつくす凶悪な魔獣。


「数で押し潰すだけじゃねぇぞ」


 ガロは背後の岩陰を親指で指し示した。

 そこには、ボロボロの服を着せられた人々が鎖で繋がれ、炎天下に晒されていた。

 老人、女、子供。近くのオアシス都市から拉致されてきた住民たちだ。

 彼らは恐怖に震え、助けを求める声も出せないほど衰弱している。


「俺の可愛い『人質(盾)』たちも、歓迎の準備万端だ。……あいつら、正義の味方ごっこがお好きらしいじゃねぇか。たっぷりと絶望させてやるよ」


 ガロは、住民たちを支配し、水と命を握ることで王のように振る舞っている暴君だった。

 戦いに卑怯も何もない。勝てば官軍、負ければ死。それがこの砂漠の掟だ。


「……趣味が悪いな」


 ザインが眉をひそめる。

 彼にとって殺しは仕事であり、無駄なサディズムや非効率な遊びは好まない。


 だが、今回のターゲットを確実に仕留めるには、この外道の力が不可欠だということも理解していた。カノアの『心眼』やヒルダの防御を崩すには、物理的な攻撃だけでなく、精神的な揺さぶりが有効だ。


「勝てばいいんだよ、勝てば。……さあ、狩りの時間だ」


 ガロが腕を振り下ろす。

 砂塵が巻き上がり、カノアたちの行く手を阻むように巨大な砂嵐が発生した。

 その風音の中には、悪意と殺意、そして無辜の人々の悲鳴が混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ