24話 折れた剣と新たな誓い
――アァァァァ……!
ルミナの歌声が、クリスタルの庭園に響き渡る。
それは攻撃的な旋律ではない。
傷ついた心を癒やし、勇気を鼓舞し、魂の輝きを極限まで高める『英雄の詩』。
虹色の光の粒子が、赤熱したヒルダの鎧を優しく包み込んでいく。
「な……なんだ、この不快な音は!」
ルクスが顔を歪める。
彼にとって、この温かな歌声は計算外のノイズでしかなかった。
だが、そのノイズが奇跡を起こす。
歌声を受けた瞬間、ヒルダの鎧から爆発的な魔力が噴き出した。
カノアには見えない。だが、ルミナの目には、はっきりと映っていた。
無骨な鋼鉄の鎧の上に、透き通るような幻影が重なるのを。
流れるような銀髪。
意思の強さを宿した黄金の瞳。
そして、女神のように鍛え抜かれたしなやかな肉体。
かつて「氷の聖女」と呼ばれ、国中の誰もが憧れた最強の騎士の姿が、そこに蘇っていた。
(また……あの時と同じだ……ヒルダさんが見える……鎧ではなく……本物のヒルダさんが……)
「……行くわ」
ヒルダが踏み込む。
その速度は、先ほどまでとは次元が違っていた。
重量級の鎧を着ているとは思えない、舞うような加速。
ルクスが光となって背後に回り込むが、ヒルダは振り返りざまに大剣を振り抜く。
「なッ!?」
ルクスが驚愕する。
光の速度で移動しているはずの自分が、捉えられた。
大剣の一撃が、ルクスの光の鎧を粉砕し、彼を庭園の奥へと吹き飛ばす。
ドォォォォォン!!
クリスタルの木々がなぎ倒され、硝子の花が舞い散る。
その中を、ヒルダが疾走する。
幻影の銀髪が風になびき、黄金の瞳がルクスを射抜く。
「これが……騎士団長の力……!」
ルミナが震える声で呟く。
美しい。
力強く、気高く、そして圧倒的。
ルクスが放つ無数の光弾を、ヒルダは大剣で弾き、あるいは最小限の動きで回避しながら肉薄する。
もはや、ただの的ではない。戦場を支配する闘神だ。
「馬鹿な……! 中身のないガラクタごときが、なぜ私の光を凌駕する!」
ルクスが絶叫し、全身の魔力を解放する。
庭園中の鏡が集まり、巨大なレンズとなって収束砲の構えを取る。
全てを蒸発させる、最大出力の極光。
「消えろぉぉぉッ!!」
閃光が放たれた。
だが、ヒルダは避けなかった。
大上段に剣を構え、正面から光の奔流へと突っ込む。
「終わりよ、光彩の騎士!」
全身の魔力を、そしてルミナから受け取った歌の力を、すべて刃に込める。
過去への後悔も、奪われた屈辱も、すべてこの一撃に乗せて。
「我が剣に、曇りなしッ!!」
一閃。
ヒルダの大剣が、極光を真っ二つに切り裂いた。
そのままの勢いで、ルクスが展開した最強の光の盾ごと、彼を一刀両断にする。
ズドォォォォォォォン!!!
轟音と共に、庭園が揺れた。
ルクスの身体が光の粒子となって霧散し、後には静寂だけが残る。
勝った。
だが、その代償は大きかった。
パキン……。
乾いた音が響く。
ヒルダが握っていた白銀の大剣が、根元から砕け散ったのだ。
限界を超えた魔力の負荷に、刀身が耐えきれなかったのだろう。
同時に、彼女を覆っていた美しい幻影も、陽炎のように揺らめいて消えていく。
「……あぁ」
ヒルダは、折れた剣の柄を見つめ、静かに息を吐いた。
それは、長年連れ添った相棒との別れ。
カノアの『心眼』が徐々に回復し、ぼんやりとだが周囲の状況を捉え始める。
白いノイズが消え、ヒルダの魂の色が鮮明に視える。
「ヒルダさん……剣、折れちゃったな……」
カノアがヨロヨロと立ち上がりながら声をかける。
ヒルダは振り返った。
その鎧姿はボロボロだが、纏う空気はどこまでも凛としていた。
「ええ。……でも、これで終わりじゃないわ」
彼女は折れた柄を捨てず、腰のベルトにしっかりと収めた。
「私の剣は折れたけれど、私自身はまだここにある。仲間を守る『盾』として」
彼女は鏡華宮の入り口を見据える。
その奥には、三年前から時が止まったままの、一人の少女が待っているはずだ。
「まだ、騎士の務めは終わっていないもの。……ミリア様をこの手で救い出すまでは、私は折れたりしない」
ヒルダの声には、以前のような悲壮感はなかった。
あるのは、確固たる決意と、仲間への信頼。
「行こう。……迎えに行かなきゃ」
ヒルダが歩き出す。
剣を失ってもなお、その背中はどんな城壁よりも頼もしく、そして気高かった。




