21話 運命の歯車
ギア・ガルドの地下深部。
レジスタンスのアジトの一角にある専用工房は、熱気とオイルの匂い、そしてリズミカルな金属音に満たされていた。
カン、カン、カン――。
ガルフがハンマーを振るうたび、オレンジ色の火花が散り、薄暗い空間を幻想的に照らし出す。
彼が調整しているのは、ヒルダの『生体鎧』だ。
三年前、魔女ヴィオラによって魂を定着させられたこの鎧は、未知の術式と最高級の金属が融合したオーパーツのような代物だった。だが、長年の放置と、無理やり魂を縛り付けられていたことによる魔力的な負荷で、関節部には目に見えない歪みが生じていた。
「……すげぇな。関節部の駆動系、見たこともない術式が組まれてやがる」
ガルフは額の汗を拭いながら、機械義手から伸ばした極細のドライバーで鎧の隙間を弄った。
ヒルダは作業台の上に座り、身を任せている。
彼女の中身は空洞だが、ガルフの手つきはまるで生身の女性を扱うかのように繊細だった。
「痛みはないですか、ヒルダ様」
「ええ。くすぐったい位よ」
ヒルダが穏やかに答える。
ガルフは手を止めず、ふと、ずっと気になっていたことを口にした。
「……この三年間、何を? 突然行方不明になって、死亡説まで流れて……俺たちは何も手出しができなかった」
ヒルダの声が、一瞬だけ沈黙した。
「……何もしていないわ。正確には、何もできなかった」
彼女は、あの暗い地下牢での日々を思い出すように言葉を紡いだ。
「魔女に肉体を奪われ、魂をこの鉄の檻に封じ込められて……私の意識は、深い闇の底に沈められていたの。思考することも、嘆くことすら許されず、ただ命令に従うだけの人形になり果てていた」
それは、死ぬことすら許されない無間地獄。
ガルフの手が一瞬止まる。
彼にとっての英雄が味わった屈辱と絶望を想像し、胸が詰まったのだ。
「……なら、どうして」
ガルフは視線を横に向けた。
工房の入り口付近。そこで荷物の整理をしているカノアとルミナの方へ。
「どうして、あんなチビ共と一緒にいるんだ? 失礼だが、元騎士団長であるあんたが連れ歩くには、あまりに不釣り合いだ」
盲目の少年と、仮面の少女。
実力があるのは認めるが、ヒルダという「個」の強大さに比べれば、彼らはあまりに脆く、危うく見える。
ヒルダは兜をゆっくりと巡らせ、二人を見つめた。
ルミナが何かを落とし、カノアがそれを笑いながら拾い上げる。そんな些細なやり取りの中に、温かな色が灯っている。
「……運命、かな」
ヒルダの兜の奥から、柔らかい笑い声が漏れた。
「暗い水の底で腐りかけていた私を見つけて、呪いを斬り、引き上げてくれたのが彼らだった。……それだけの話よ」
「それだけ?」
「ええ。でも、それだけで十分でしょう?」
ガルフは少し呆気にとられ、やがて苦笑してハンマーを置いた。
かつての「氷の聖女」と呼ばれた厳格な騎士団長は、鎧だけの姿になってもなお、以前より人間味を帯びているように見えた。
「……完了だ。関節のキシみは消えたはずだぜ。あとは潤滑油を馴染ませれば、少しは全盛期の動きに追従できるはずだ」
「ありがとう、ガルフ。最高の腕前ね」
ヒルダが立ち上がり、身体を捻る。
ガシャリ、と重厚だが滑らかな金属音が響いた。
◇
工房の外。
地下街の天井を走るパイプの隙間から、地上の光が微かに漏れ出し、塵となって降り注いでいた。
カノアは壁に寄りかかり、その光の粒を『心眼』で感じ取っていた。
「……綺麗だね」
隣でルミナが呟く。
彼女は仮面を外し、膝の上に乗せていた。
この地下街の住人たちは、地上の光を浴びることが少ない。だからこそ、漏れ出るわずかな光を「希望」と呼び、大切にしているのだという。
「ここにある光は、優しい気がする」
「ああ。地上のギラギラした偽物の光とは大違いだ」
カノアは、これから向かう場所――『鏡華宮』を思った。
そこは、光と反射が支配する場所。
ヴィオラの美学が詰め込まれた、最も華やかで、最も残酷な鳥籠。
「……ねえ、カノア」
ルミナがカノアの袖を掴んだ。
「王女様、助けられるかな」
「助けるさ。ヒルダさんのためにも、俺たちのためにも」
「うん。……私、頑張る。私の歌で、みんなを守る」
ルミナの魂が、虹色に揺らめく。
その光は、薄暗い地下街の空気を浄化するように澄み渡っていた。
カノアは彼女の頭に手を置き、くしゃりと撫でた。
「頼りにしてるよ、歌姫様」
その時、工房の扉が開き、整備を終えたヒルダが出てきた。
磨き上げられた鎧が、薄明かりの中で鈍く、力強く輝いている。
背中には、厳重に布で巻かれた大剣。
「お待たせ。準備は万端よ」
「お、ピカピカじゃん。色男に磨いてもらってよかったな。おっさんだけど」
カノアが茶化すと、ヒルダは「茶化さないの」とデコピンを飛ばす素振りを見せた。
そこへ、ガルフとレジスタンスの男たちが、巨大な木箱を台車に乗せて運んできた。
箱には『ギア・ガルド工芸品・奉納用オートマタ』という焼き印が押されている。
「さあ、出発の時間だ」
ガルフがニカっと笑う。機械腕が唸りを上げた。
「この特大の『トロイの木馬』を、ヴィオラの別荘に送り込んでやろうぜ。……最高のパレードにしてやろうじゃねぇか」
カノアたちは頷き合った。
目指すは、この街の北にある「霧の谷」。
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