19話義手と大剣、交錯する信念
「死ぬなよ、小僧!」
ガルフが吼えた。
重厚な機械腕が唸りを上げ、内蔵された蒸気ボイラーが爆発的な推力を生み出す。
展開された回転ノコギリが空気を切り裂き、カノアの鼻先に迫る。
だが、カノアの『心眼』はすでにその軌道を読み切っていた。
カノアは抜刀すらしない。
重心を後ろに逸らし、ノコギリの刃からわずか数ミリの距離で回避する。
火花が散るような速度の攻防。
ガルフは即座に機械腕の排気口から高圧蒸気を噴射し、その反動を利用して強引に水平な薙ぎ払いへと繋げた。
「おっと……!」
カノアは腰に下げた予備の小刀を、背後の鉄柱へと放り投げた。
回転する刃がカノアの胴体を両断する――その刹那。
――『空間転移』。
フッ、とカノアの姿が掻き消えた。
ガルフの渾身の一撃は虚空を切り、勢い余ってアジトの瓦礫を粉砕する。
その背後。先ほど小刀が突き刺さった鉄柱の前に、カノアは無音で降り立っていた。
「上だぜ、おっさん」
カノアは鉄柱を蹴り、ガルフの頭上から急降下した。
抜刀。黒い刃がガルフの首筋を狙う。
ガルフは機械腕を盾のように掲げ、防衛姿勢を取るが、カノアは空中でさらに別のナイフを地面に投げた。
――『空間転移』。
空中で再びカノアの姿がブレる。
ガルフのガードを嘲笑うかのように、カノアは今度は彼の足元へと出現していた。
転移の慣性を乗せた、鋭い下段蹴り。
「グッ……!?」
ガルフの巨体が浮く。
カノアは間髪入れず、着地と同時に剣の柄でガルフのみぞおちを強打し、そのまま流れるような動作で彼の死角へと回り込んだ。
一撃一撃が精密な外科手術のようだ。
目隠しをしていながら、カノアの動きには迷いが一切ない。
ガルフの筋肉の収縮、蒸気圧の変動、それらすべてが『色』となってカノアに次の行動を教えていた。
「ハッ、面白いじゃねぇか……!」
ガルフが笑う。
機械腕が変形し、今度は短銃の銃口がカノアに向けられた。
ドンッ、ドンッ!
連続して放たれる弾丸。
カノアは最小限のステップでそれをかわし、剣を振るった。
弾丸を斬るのではない。
弾丸の軌道を剣の面で叩き、敢えてガルフの足元の蒸気パイプへと跳ね返したのだ。
ブシュゥゥゥッ!
吹き出した大量の蒸気が視界を奪う。
レジスタンスの面々がざわつくが、カノアにとっては好都合だった。
視覚を奪われたガルフに対し、カノアは『心眼』で彼の位置を完全に把握している。
「これでおしまい」
カノアの声が、ガルフの真後ろから響く。
ガルフが振り返るよりも早く、カノアの剣先が彼の喉元にぴたりと突きつけられた。
「……合格ってことでいい?」
蒸気が晴れる。
カノアの涼しい顔と、喉元に刃を突きつけられたガルフ。
一瞬の静寂の後、ガルフは機械腕をダラリと下げ、ガハハと豪快に笑った。
「参った。完敗だ。……目は見えねぇってのは嘘じゃねぇのか? 背中にも目がついてるみてぇな戦い方しやがって」
「まあ、あんたらより良く見えてるかもな」
カノアは剣を鞘に収め、余裕の笑みを浮かべる。
ガルフは膝を叩き、ソファにどっかりと座り直した。
「気に入ったぜ。……ただの無鉄砲なガキじゃあなさそうだ。で? 王女の情報だったな。……実は俺たちも探してるんだが、城の警備が厳重すぎてな。何より、あの『近衛騎士団長』が行方不明になってから、城の内部情報は完全にブラックボックスだ」
ガルフが悔しげに吐き捨てる。
「ヒルダ……。あのお方がいれば、こんな腐った国にはならなかったはずなんだがな」
その言葉に、部屋の隅で縮こまっていたヒルダの鎧が、ピクリと反応した。
ガルフは気づかずに続ける。
「俺は昔、あのお方に命を救われたことがある。貴族も平民も関係なく、ただ弱きを守るために剣を振るう……本物の騎士だった。あのお方が死んだなんて噂、俺は信じてねぇよ」
ガルフの魂の色には、強い敬意と憧憬が混じっているのをカノアは視ていた。
カノアは口元を緩め、ヒルダを促した。
「だってさ。……どうする? ヒルダさん」
ヒルダは暫く沈黙していたが、やがて覚悟を決めたように立ち上がった。
ボロ布を脱ぎ捨てる。
露わになった重厚なフルプレートアーマーが、地下の薄暗い灯りを受けて鈍く輝く。
「……久しぶりね、ガルフ。あの時の少年が、こんなに立派な髭面になっていたとは」
ヒルダが兜を外す。
ガルフが目を見開いた。
そこにあるのは空洞。だが、その声、凛とした口調、そして纏う雰囲気は、間違いなく彼の記憶にある伝説の騎士そのものだった。
「ひ、ヒルダ様……!? その姿は……一体……!?」
「ヴィオラに奪われたのよ。肉体も、誇りも」
ヒルダは静かに語った。
3年前の真実。王女を守るための選択と、その代償。
話し終える頃には、ガルフの目は涙で潤み、義手でない方の拳は怒りで白くなるほど握りしめられていた。
「あの魔女……ッ! そこまで外道だったとは……!」
「でも、まだ終わっていないわ。私はこうしてここにいる。カノアとルミナのおかげで、もう一度戦う意志を取り戻せたの」
ヒルダはカノアたちの隣に立った。
「ガルフ、力を貸してちょうだい。ミリア様を救い出し、この国を取り戻すために」
ガルフは椅子から転げ落ちるようにして、ヒルダの前に跪いた。
「勿論だ! 俺たちレジスタンスは、この日のために血を流してきた! あんたが帰還した今、俺らに敗北はねぇぜ!」
地下空洞に、野太い歓声が響き渡る。
行方不明の英雄の帰還。それは、闇に潜んでいた反逆者たちにとって、何よりの希望の火種となった。
カノアは肩をすくめ、ルミナに耳打ちした。
「なんか、俺たち脇役になっちゃったな」
「ううん。……ヒルダさんが輝いてるのは、カノアが連れ出してくれたからだよ」




